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かえるで

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奪う幸福、与える幸せ

神業後に体が弱ってしまったレハトとタナッセの話。暴力的な描写があります。

拍手[12回]



「レハト様、スープをお持ちしましたが、いかがでしょうか?」

 何をするでもなく天井を眺めていた僕に小声でサニャが尋ねる。おいしそうなスープの香りが鼻をくすぐったが、相変わらず食欲はわかなかった。
 首を振るとサニャは悲しそうに眉根を寄せた。
 あの事件以来、僕の体調は悪化の一途を辿っていた。数日前まではかろうじて食べたり歩いたりすることができたが、今では起き上がることさえ辛い。無理を すれば動くことはできるが、消耗がはげしいため禁じられている。食べ物もほとんど受け付けず、具のないスープを時折口にするだけだ。
 体が重く、常に倦怠感つきまとっている。寒さも体を蝕み始め、何重にも重ね着をしていないと耐えられなかった。

「……加減は、どうだ」

 気遣うようにタナッセが僕の顔を覗き込む。あの告白以来、彼は頻繁に僕の部屋に来るようになった。
 罪悪感があるのだろう。こうなったのは自分のせいだと。
 弱っていく僕を見るタナッセは苦しそうだった。彼のそんな顔を見るのは僕も辛かったけど、タナッセが僕に心を砕いてくれるのがたまらなく嬉しかった。

 ――タナッセ、僕はこうなってよかったと思ってるよ。

 そう言えば彼はどんな顔をするだろうか。強がりでも慰めでもない、本心からの言葉だけど、彼がそう受け取ってくれることはないだろう。

「昨日、よりは……大分いいよ」

 紡いだ嘘は弱弱しく、聞き取りにくいものだった。けれど、タナッセは僕のゆっくりとした言葉も目を見て真剣に聞いてくれる。
 僕の返答にタナッセの顔が曇る。当たり前だ。僕の病状が悪化しているのは一目瞭然なのだから。
 このまま徐々に弱り、僕はあと数日で死んでしまうのだろう。
 あのフードの男は僕に何をしたのだろう。あの時行われた儀式を人を喰う術と言っていた。やはりあれは魔術なのだろうか。
 中断を決めた時、魔術師はすぐにその場を立ち去った。あの術はまだ解けていないのかもしれない。
 時間をかけて、僕は喰われているのか。――誰に?
 タナッセかと思ったが、彼はあの時のように苦しんではいない。なら、僕の命は誰に喰われているというのだろうか。
 答えはひとつしかなかった。あの魔術師以外に誰がいるというのだろう。
 去り際に放った暴言から、彼の性格はあまりよくない事が窺えた。いや、そもそも魔術師などになるような人間だ、まともなはずがない。あのどさくさにまぎれて、僕の力が自分の方へ行くよう細工をしたのだろう。
 じゃあ、僕はあの男に喰われて死ぬのか。
 タナッセの手が僕の頬に触れる。温かい。ほっとして笑う僕に反して、タナッセは辛そうに眉を寄せた。
 そんな顔、しなくていいのに。僕の体が命がどんな風になったとしても、こうしてタナッセが僕の傍にいてくれるだけで僕は幸せなのに。

 ――ああ、違う。幸せなだけではない。彼の存在は同時に恐怖ももたらすのだ。

 僕が死んだら、タナッセはどうなるのだろう。厄介なやつがいなくなったと、清々したと喜ぶだろうか。そうして、僕のことなど忘れてしまうのだろうか。
 そう考えると、どうしようもなく胸が痛かった。死んでしまうよりも、ずっとずっと怖かった。
 僕はタナッセが好きだ。誰よりも、愛してる。
 でも、それだけじゃ嫌なんだ。僕と同じように、彼の中でも僕が一番でありたい。

「…………何か、欲しいものはあるか?」
「タナッセ」

 ぴくりとタナッセの指先が動く。彼は悲しそうに笑った。

「そうか。なら、何か私にできることがあったら言ってくれ。お前のためならば、何でもしよう」
「……なんでも?」

 ああ、と頷いた彼を見て、胸の内にあった思いが強くなった。

「じゃあ」

 本当になんでもしてくれるのなら。僕の望みをかなえてくれるのなら。

「――僕を、殺して」

 時がとまったかのように、タナッセは僕を見て動かない。瞬きすらも忘れてしまったのか、食い入るように僕を見ている。
 だから、僕はもう一度彼に乞う。その手で、僕の生を終わらせて欲しいと。

「な……にを、言って……」
「してはくれないの?」
「あたりまえだろう!」

 はっとしたようにタナッセは口を押さえる。今の大きな声が僕の体に障ったのではないかと不安そうにこちらを窺いながら、宥めるように僕の頭をなでる。

「……お前は、疲れているのだ。だから、そのような考えが浮かぶ。少し休め」

 そういって僕から離れようとするタナッセの袖を掴んだ。狼狽する彼にもう一度懇願する。

「……お願い、タナッセ。僕を殺して。君の手で、死にたいんだ」

 あのわけのわからない魔術師に殺されるくらいなら。それならいっそ、好きな人の手で朽ち果てたい。

「レ、ハト……」
「僕はもう、長くない。タナッセもわかっているよね? 僕はもうすぐ、死んでしまうんだ」
「そんなことはない、医師は時期によくなると――」
「僕は死ぬんだっ! わかってるんだよ、そんなことくらい! タナッセは今、何でもしてくれるっていったじゃないか! 殺してよ、僕を! 君の手で……っ、終わらせ、て……」

 ぽろぽろと泣く僕を見て、タナッセの顔も泣きそうに歪んだ。我儘だって、わかってる。この願いが彼を傷つけることだって。
 でも、僕にとってこれが何よりの願いなんだ。愛する人を生涯治らぬ傷を負わせてでも、叶えたい願い。
 愛する人の手で死ねるのならば、僕は幸せだ。
 そして、僕を害したことに罪悪感を抱いているタナッセが僕を殺せば、きっとそれは一生忘れない。
 たとえ、将来彼が誰かを愛し結婚しても、彼の中から僕は消えない。
 君とともに生きられないのならば、せめて心の中でだけでも一緒にいさせてほしい。

「……ローニカ、いいでしょう?」

 奥の部屋で控えていた老従者が悲しみを湛えた顔で、僕に近づいてくる。

「タナッセ様がおっしゃられたように、貴方様は病気で心が弱っているだけなのです。ですから――」
「これは……僕が望んだことだ。たった一つ、僕が願ったことだ。ローニカ、君だってもっとわがままをいってくれっていったじゃないかっ」
「レハト様」

 悲鳴を上げる体を無理やり起こしてタナッセに殺してくれとすがりつく僕を、ローニカが引き離す。僕をベッドに押さえつけている間にタナッセに退出するように指示をだす。

「……っタナッセ!」

 僕に背中を向けて去ろうとする彼に必死で呼びかける。

「お願い、だから……っ」
 けれど彼は足を止めることなく、立ち去った。彼の姿が消えると僕の体から力が抜けていった。

「……貴方様は混乱されているのです。今は、ご自分のお体を第一にお考えください」

 ローニカは丁寧に掛け布団をかけると、頭を下げて退出した。
 もう、タナッセがここに来ることはないだろう。愛想もつかされただろうし、気味の悪いやつだと心底嫌がられただろう。
 僕はあの魔術師に喰われて、彼の記憶の中からも消えていくのだろう。
 あとに残された僕は一人涙を流した。




***


 ぎしり、とベッドがきしんだ感覚で目を覚ました。
 まだ夜なのか、辺りは暗い。暗闇を嫌がった僕のために用意された蝋燭が視界を照らした。
 ベッドの縁に誰かが腰かけている。じっと僕を見ている。

「――タナッセ?」

 名前を呼ぶと、その影がかすかに反応する。しばしの沈黙の後、彼はいつものように加減はどうだと聞いた。

「いい気分だよ。すごく」

 もう来てくれないと思った。だから、すごく嬉しい。

「……レハト、何か私ができることはあるか」

 彼の顔を見るが、薄闇にまぎれてその表情を捉えることはできない。

「……じゃあ」

 開け放たれた窓を見る。

「もう一度だけ、星が見たいな」


 夜半の城は静けさに満ちていた。
 中庭には闇が縮こまっていたが、木々の隙間から差し込む星明かりがわずかに足元を照らしてくれる。頭まですっぽりと毛布に包まれた僕を気に掛けながら、タナッセは慎重に歩いて行く。
 夜ならば見回りの衛士もいるはずだったが、この時間帯はいないのか、それとも人払いをしているのか、部屋をでてから今まで誰ともすれ違うことはなかった。
 僕は揺られながらタナッセの足元をぼんやりと眺めていたが、やがてその歩みが止まるのを見て顔をあげる。
 タナッセは僕と目が合うと微かに笑いかけた。目的地についたのだろう。
 彼はゆっくりとその場に座った。眺めやすいようにと僕の頭に掛けられた毛布をずらす。

「――わぁ……っ!」

 満点の星空が広がっていた。木々の隙間から見える空にはきらきらと輝く星が、零れおちんばかりに散りばめられている。手を伸ばせば届くのではないかと錯覚してしまう光景に、僕は胸を弾ませた。

「ありがとう、タナッセ。これで、思い残すことはないよ」

 口から零れた言葉は嘘だったけれど、これ以上望みはしない。
 自分の殺害を依頼する寵愛者など、うっとうしいことこの上ないだろう。けれど、彼は僕に会いに来てくれ、こうしてわざわざ僕の我ままを聞いてくれる。
 それで、我慢しなければ。これ以上強く言えば、彼は本当に離れてしまうのかもしれない。彼に二度と会えないくらいなら、あの魔術師の養分になるほうがマシだ。

「……レハト。以前、お前が目覚めたときに私に言ったことを覚えているか」
「僕が、タナッセを好きだと言ったこと?」
「ああ。その気持ちは、今も変わってないか?」

 もちろんだと強く頷くと、彼は微笑んだ。その口元には悲しみの色はなく、純粋な喜びだけがある。

「そうか。……私も、お前が好きだ」

 告げられた言葉に見開いた僕の眼はすぐに涙があふれた。それを優しく拭う彼の手がやがて頬に添えられる。
 明瞭になった視界の中で、彼の顔が近づいてくるのが見えた。温かな感触が唇に触れる。その熱が自分の内で広がっていくのを感じた。

「タナッ、セ……」

 もう一度唇が降ってくる。
 目の前で瞳を閉じた彼の顔から眼を放す事ができない。壊れ物を扱うかのように唇を啄む彼の背後で、星が流れた。

「――レハト」

 離れた後も夢から覚めないレハトに、彼が呼び掛ける。
 一度躊躇うように止まった手が触れたのは、頬ではなく首。はっと息を飲んで彼を見ると、切なげに彼は眉をよせた。

「……苦しめて、すまなかった」

 涙をこらえて笑う僕の首にもう片方の手も添えられる。
 彼の浮かべた笑顔は痛々しかった。当たり前だ。人一人を殺すのだ、苦しくないはずがない。
 でも、彼の行為は僕の命を奪うのではない。死から逃れられぬ僕に、幸せを与えてくれるのだ。

「タナッセ」

 だから、僕は口にした。幸せをありがとうと。
 タナッセは笑顔を崩さぬまま頷くと、その手に力を込めた。圧迫感とそれに続く息苦しさ。頭がくらくらとし、視界もぼやける。
 彼の姿が見えないのが少しだけ残念だけど、寂しくはなかった。首に触れるぬくもりが彼の存在を教えてくれるのだから。
 意識を失いかけたころ、不意に軌道に空気が入ってくる。その意味を理解する暇もなく、僕の喉は空気と引き換えに咳を吐き出した。

「……っ、は、どう、し――」

 体が落ち着いたのを見計らい、彼に問いかけようとした言葉がとまった。
 蒼白した彼は己の拳を茫然と見つめていた。俯いた頬に、一筋の涙が伝う。

「……すまない」

 震える声は再度同じ言葉をくり返す。

「タナッセ……」

 涙を拭おうとした僕の手を引き、強く僕を抱き締めた。涙と嗚咽が耳朶を叩く。

「私には……っ無理だ。お前を殺すことなど……!」

 風にかき消されそうなほどか細い声。彼の心の底から絞り出した叫びは僕の心を強く揺すぶった。僕の背に回される腕は小刻みに震えている。
 僕は、なんてことをしたのだろう。後悔が胸を苛んだ。タナッセにすべてを押し付けて、それで幸せなんて信じ込んで。
 彼を傷つけてもかまわないと。それで彼の心に残れるのなら、仕方ない犠牲だと。なんて愚かなことを望んだのだろう。

「ごめっ、ごめんな、さい……っ、ごめんなさい、タナッセ……!」

 彼の背に手をまわして、僕は泣いた。
 愛する人を生涯苦痛で縛るなんて、僕はどうかしていた。彼は僕が死んだからといって、あっさりと忘れてしまうような人ではないのに。
 抱き合い、ひとしきり泣いた後、僕らは顔を見合わせる。タナッセの眼は赤くなっていた。きっと僕も同じように真っ赤な目をしているんだろう。

「……僕、生きるよ。いつまでかわからないけど、頑張って最後まで。だから――」

 僕の手を握り、タナッセがその言葉を遮る。

「私はいつか、この城を出るつもりだ。お前と一緒に」

 僕から眼を逸らし、照れたようにもちろんお前がよければの話だが、と付け加えた。

「……ありがとう、タナッセ」

 手を握り返すと彼は微笑み返してくれた。

「そろそろ帰ろう、お前の体をこれ以上冷やしてはいけない」

 こちらに差し出されたタナッセの手を取ろうとしたときに、気がついた。今まで体にまとわりついていた気だるさがすっかりなくなっている。

「……どうした?」

 動かない僕を心配するタナッセの前で立ち上がる。慌てて制止しようとする声がするが、かまわず歩きまわる。
 痛くもないし、辛くもない。今朝までは起き上がるのすら無理だったのに。
 試しにその場でくるりと回ってみる。支障なく回れた。

「……なんか、治った、みたい……?」

 首を傾げながら言うと、タナッセも驚く。恐る恐る延ばされた手が確認するように頬を撫でる。

「確かに、顔色も昼間と比べて大分良いようだが……。しかし、何故だ?」
「きっと、タナッセが口づけしてくれたからだよ。また口づけしてくれたらもっとよくなるよ」

 そんなわけあるか、とタナッセが呆れた顔をして僕を抱きかかえた。

「一時的なものかもしれん。また具合を悪くしたらやっかいだ」

 言い訳のように呟くタナッセの首に手をまわしてこっそり笑う。
 死にそうになっていた僕と今の僕の違いは、生への執着。きっと将来への希望を持てたから、あの魔術師の術をはねのけることができたのだろう。
 そう推測したが、タナッセには言わないで自分の胸の中にとどめることにした。




***


 窓の向こうに広がる青空を眺めていると、ちりん、と来客を告げる鐘がなった。
 ああ、彼だ。期待に弾む胸を押さえて、僕は目を閉じる。

「――レハト」

 探るような声が降ってくる。僕は応えない。タナッセも何も言わない。しばしの沈黙の後、微かに衣擦れの音が聞こえ、唇に暖かなものが押しあてられる。
 一度離れ、また触れる。視界を閉ざされ鋭くなった聴覚が捉えるのは、タナッセの微かな息遣い。重なる度に唇から広がる熱がとても心地よい。
 あれからもタナッセは僕の様子を見にここに訪れている。彼の心配をよそに僕はどんどん元気をとりもどしていったが、それでもあの弱り切った僕を忘れることはできないらしく、僕が眠っているとこうして密かに口づけをするようになった。
 僕が元気になったのは口づけのおかげだと冗談をいったせいだ。彼もそれを本気にしているわけではないが、彼にとっては祈りのようなものなのだろう。
 もう少し眠っていたいと狸寝入りをした時に、それを知った。以来、僕は頑張って早起きをし、こうして毎朝の儀式を楽しんでいる。
 起きているときにもしてくれたらいいのに、とも思うが、彼の性格上仕方がない。
 この口づけだって、僕に気付かれないようにこんな早い時間に来ているのだから。……タナッセにとってはもう起きて活動している時間だけど。
 唇が離れるとまた沈黙が漂う。軽く肩をゆすられる。

 ――ああ、もう終わりなのか。

「おい、起きろ」

 わざとぶっきらぼうに放った言葉にゆっくりと目を開くと、タナッセは呆れたようにため息をついた。

「お前はいつまで病人でいるつもりだ。もう子供でも起きている時間だぞ」

 伸びをする僕にタナッセはそんな説教をしながら、こっそりと僕の様子を窺う。

「タナッセ、今日は時間ある?」
「……すまない、今日も人と会う約束をしている」

 あれからタナッセは何やら忙しくしていて、会うことができるのはこの時間くらいだ。それはタナッセだけでなく、継承の儀式などを控えた僕も同じくらい忙しいのだから、どうしようもなかった。

「あと、明日からしばらく留守にする。しばらくは帰ってこられないだろう」
「え、どこに行くの?」

 落胆が声に滲んでしまった。タナッセは申し訳なさそうに所用があるのだ、とだけ答えた。
 言いたくないのなら無理に聞くつもりはなかったが、やっぱりしばらくタナッセに会えないのは寂しい。

「……詫び、というわけではないが」

 目線を彷徨わせて、こほんと咳をする。なんだろうと顔を上げた僕の肩に手を置き、距離をつめる。ほんの一瞬の口づけにぽかんとする僕に視線を合わせることなく、タナッセは口元を覆う。その顔は、赤い。
 さっき口づけた時は落ち着いていたのに。いいや、そんなことよりも、僕が起きている時にしてくれた。普段あれだけ頼んでもしてくれなかった口づけを。

「わ、私は忙しいのでこれで失礼する! 息災でな!」

 自然と口元に笑みが広がる僕にタナッセはそう云い捨てて立ち去る。
 僕も挨拶をしたかったけれど、その分帰った時に言おう。胸に溢れる彼への感情とともに。


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かもかて、ダンマカの二次創作サイト。
恋愛友情憎悪殺害ごっちゃにしておいています。

管理人:紅葉
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