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かえるで

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愛の速度

少し頭が弱いレハトとタナッセの話です。

拍手[7回]



 体が重い。底冷えする寒さに耐えられず、身じろぎをしようとするが、何か重いものを乗せられているのか、体がうまく動かない。
 目を開ける。広がる景色は不明瞭だったが、時間が経つにつれ、徐々に輪郭を取り戻し始めていく。
 どうやら、自分のベッドに寝ているようだ。
 どうしてこんなに体がだるくて寒いのか。記憶を手繰り、自分は変な儀式によって殺されかけたことを思い出した。
 今こうして意識があるということは、なんとか助かったのか。

「お目が覚めましたか」

 そっと囁きかけるローニカの手には湯気を放つスープの乗ったお盆が握られている。食欲を刺激する香りに、口の代わりにお腹がスープを要求した。

「とりあえず、こちらのスープを召し上がってください。起き上がれますか?」

 微笑みながら、ローニカが起き上がるのを手伝ってくれた。
 スープを飲むと冷え切った体が芯から温まり、ほっと息が漏れた。普段は何気なく食べているスープがとても美味しく感じられる。よほどお腹がすいていたのだろうか。

「レハト様、お疲れのところ恐縮ではございますが……」

 最後の一口を飲み干したレハトの手から食器を受け取ると、ローニカは真剣な瞳をこちらに向けた。

「今回、貴方様をこのような目にあわせた者の名を、お聞かせください」

 先日の出来事が頭に蘇る。自分の体がこんなに冷たくて重いのは、あのわけのわからない魔術師のせいだ。あの男が変な術をかけたせいで自分は死にかけた。 だが、あの男の名前はなんというのだろう。初めて見る男だった。そもそも顔を隠していたので、知っている人間だったとしても誰だかわからない。

 正直にそう答えると、ローニカは微かに眉をしかめた。

「それで、よろしいのですか?」

 事実なのだが、この答えではダメなのだろうか。あの男はもしかして、知り合いの誰かなのだろうか。ローニカがここまでいうのだからそうに違いない。
 そう思ってあの男が知り合いの誰かに似ていないか考える。顔は見えなかったが、声は聞いた。誰かの声に似ていただろうか。
 記憶を掘り起こし、フードの男のものと照合してみるが、当てはまる人物はいなかった。レハトが首を振ると、ローニカは小さくため息をこぼした。

「あ、……その、今は無理だけど、あとで言うのとかでも大丈夫?」
「……はい。レハト様が犯人の名前を思い出されましたら、いつでもおっしゃってください」

 ローニカにこれだけ心配と迷惑をかけているのだから、せめて名前だけでも思い出さなければ。
 こちらにお辞儀をして去っていくローニカの後姿を見ながら、なんとかあのフードの男の名前を知る手段はないのかと考える。

「誰なんだ、あいつ」

 普段あまり使わない頭をフル回転させてみるが、わからない。頭を抱えるレハトの耳に、訪問者を告げる鈴の音が響いた。

「……相変わらずの間抜け面だな」

 病み上がりの人間の元に来てこんな無礼なことをいう人間は一人しかいない。顔をあげずに溜息をつく。

「なんのようなの、タナッセ」

 こちらは必死で犯人探しをしているのに、面倒事を持ち込んできたわけではないだろうな。
 無言の中にそんな文句を紛れ込ませると、気まずいのかタナッセも言葉を発することはなく、ただそこに立ち尽くしていた。

「座ってよ、気が散る」

 近くの椅子を指し示すとおとなしく従う。居心地悪そうに膝の上に乗せた拳を握り締めた男を見ながら、そもそも何をしにここにきたのかと疑問が生じる。
 また、嫌がらせにでも来たのか。体調がまだ戻ってないというのに。

「何故、言わない」

 黙っていたと思ったら急にそんな言葉を吐いた。

「言わないって何を」
「しらばくれるな。今回の事件を起こした人間の名前を、何故言わないのだ」

 なんだ、タナッセまであの魔術師の名前を思い出せというのか。こちらが懸命に思いだそうと頑張っている時に。
 そう思うと、腹がたった。

「なんだよ、そんなに言うならタナッセが言えばいいでしょ」
「私が犯人の名前を告げようと、お前の口から直接言わなければ何の意味もない」
「はあ? なにそれ」

 大体、タナッセが連れてきたのだから、彼の証言があれば十分ではないか。
 ……もしかしたら、彼も名前を知らないのではないだろうか。それを隠すために、レハトに思い出すように強要しているのかもしれない。

「じゃあ、僕も言わない」

 なんでタナッセが連れてきた人間のことで自分が悩まなければいけないのか。タナッセがわからないのなら、自分がわかるはずがないだろう。
 拗ねたように宣言したレハトに、タナッセが顔を顰めた。

「お前がそのつもりなら、私は城を出よう」
「は?」
「そうするしかないだろう」
「え、いや、意味分かんないから。なんでタナッセが出て行くの」
「けじめだ。自分の犯した罪に比べれば、なんとも温い罰ではあるがな。このままのうのうと城に居続けるよりはマシだろう」

 そういうとタナッセは立ち上がる。

「え、ちょっと待ってよ。ホントに出てくつもりなの?」

 自分が犯人の名前を言わないから? それではまるで自分がタナッセを城から追い出したみたいではないか。

「ああ。今すぐ出て行こう。お前の前にも二度と現れまい」
「いやいやいや。やめてよ。タナッセが出ていく必要はないって」
「……お前が何のつもりで私をかばうのかは知らんがな。私が今まで通りに城で生活をし続けることを、城の者は納得しないだろう」

 彼は城の人間に好かれていないのか? まあ、この性格だから好きだという人間の方が奇特だろう。しかし、だからといってそこまですることはないだろう。それほど、思い悩んでいるということだろうか。
 途端に目の前の男に同情心がわいてきた。嫌味を言ってきたり湖に放りなげたりなど嫌なことをされてはきたが、あの時自分を助けてくれたのはこの男だ。彼のおかげで自分は生きている。いなくなって欲しいと思うほど嫌いなわけではない。

「あ、あのさ……」

 見た目と口調のせいでわかりにくいが、タナッセはずっと嫌われていることに傷ついていたのかもしれない。あの嫌味や暴力も、彼なりのスキンシップなのではないだろうか。

「僕は、……その、タナッセのこと嫌いじゃないよ?」
「……どういう意味だ?」

 今度はタナッセが驚いた顔をする。
 先日まで激しい口論を繰り広げていた相手にこういったことを言うのは照れ臭い。訝しげにこちらを見るタナッセの視線に耐えきれず、目をそらす。

「そ、そんなの自分で考えてよ! 僕はただ、君が城から出ていくのはさみしいって言ってるの!」

 沈黙がしばし場を支配する。言われたとおりに考えていたのか、少ししてタナッセが慌てたように立ち上がる。

「……っ、ちょっと待て。お前、自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「わかってるよ! あんま蒸し返さないでよ、こっちだって恥ずかしいんだから!」

 村にいた時にも喧嘩をした相手と仲直りをしたことはあったが、タナッセのように今まで険悪だった人間との和解は経験したことがないため、妙に気恥ずかしい。
 顔に出ていたのか、レハトを見てタナッセの顔も赤くなった。

「わ、わ、私がお前を助けたのは、ただ自分の手を汚したくなかっただけなんだぞ!? 断じてお前がそのような気持を抱く行為などではない!」
「そういうのは関係ないって! ……というか、そろそろ出てってよ! 僕病み上がりなんだから!」

 そう言い捨てて毛布を頭からかぶると、タナッセはそれ以上何も言ってこなかった。小さな声で、退室の辞を述べた後、足音を出しながら退出した。
 静かになった室内で、一人恥ずかしさに悶えながら眠りについた。




***



「――あ」

 病状も回復し、鈍った体を動かそうと中庭を散歩していた時のこと。大柄な護衛を引き連れたタナッセに出会った。
 何と言おうか迷っているうちに、タナッセはこちらに背を向けて歩き出す。

「ちょ、ちょっと待って! 人の顔見て逃げるのは失礼だよ!」

 そういった態度でいるから、城の人間と打ち解けられないのだ。
 追いかけると彼の歩調が速くなる。置いて行かれるものかと速度をあげると、彼はとうとう走り出した。

「……っ、ま……タナ…………っ」

 十日近く部屋にこもっていたため、体力が落ちている。以前はこの程度の速度ならなんなく追いつけていたというのに。
 近くの木に手をかけ、荒い呼吸を整えていると地面に影が落ちる。

「……大丈夫か?」

 タナッセが心配そうな顔をして自分の顔を覗き込む。なんとか彼を引きとめることに成功したようだ。
 二人で並んで座りこむ。タナッセはそわそわと落ち着きがないが、逃げ出そうという気はないらしい。駆け出せば、レハトがまた無理をして追いかけてくると思っているからだろう。

「調子は、その、どうだ?」
「え、……あ、うん。大分よくなったよ」

 彼を引きとめては見たものの、何を話していいのかわからなかった。今までは罵倒や嫌味合戦だったが、今それをするわけにはいかない。

「お前の望むとおり、私は城に残る」
「そう……。よかった」

 罪悪感が薄れ、ほっと息を撫でおろす。そんなレハトを見て、タナッセは何か言いたげにしていたが吐息を一つこぼしただけだった。

「――犯人の名前のことなんだけど」

 視界の端で彼の体が強張るのがわかった。

「何も言わないことにしたよ。こうして僕も生きてることだし、あの魔術師も多分僕の前には現れないだろうし」

 いくら考えてもやはりあの男は知り合いではない。タナッセも名前を知らなかったようだから、きっと騙されてしまったのだろう。
 タナッセも自分のように犯人の名前で思い悩む必要はもうないのだと心の中で呟きながら、笑いかける。

「……そうか。私には理解できん……が、お前がそうしたいのならばそうすればいい」

 相変わらずひねくれたことを言う。以前の自分ならばこのような物言いにむっとしていたところだが、これも彼の照れ隠しだとわかるとかわいく思えるのだから不思議だ。

「お前は……先日、お前が言ったことは間違いないのだな?」
「え。……あ、うん。タナッセとはいろいろあったけど、今はその、仲良くしたいと思っているし」
「なっ……!」

 顔を赤くして、口をぱくぱくとさせる彼の姿は、前にリリアノと一緒に釣った魚によく似ていた。

「なか……っ、仲良くとは、その」
「……僕はそうしたいけど、タナッセが嫌なら諦めるよ」

 レハトの心境が変わったからと言って、貶しあった過去までが変わるわけではない。憎み合った敵と友達になるなど、難しいことなのかもしれない。
 そう溜息を吐いたレハトの手が、突然つかまれた。

「え」
「……っ、わ、たしも、……お前とは仲良くしたくないわけではないっ」
「……それはよかった」

 よかったのだけど。この手はなんだろう。
 こっそりと見たタナッセの顔はリンゴのように真っ赤に染まっていた。
 何か、おかしい。普通友達とこんな風に手を繋ぐだろうか。タナッセは友人がいないから距離感がわからないだけなのかもしれないが、それでもこれほど顔を赤くしているのはいくらなんでも違和感がある。

「あの、さ。タナッセは僕のことをどう思ってる?」
「……! 何を突然……」

 疑惑の真偽を確かめたくて、じっとタナッセを見つめる。レハトの視線に耐えかね、彼は唸るように答えた。

「……お前は寵愛者で、この国を脅かす存在で、私はずっとお前が憎かった。だが、今は――」

 ギュッと握りしめた手に力が込められる。

「今は……憎からず思っている。お前には都合がいいと思われるかもしれないが、だが……これが、私の偽りなき気持ちだ」

 まさかと思っていたことが真実となり、レハトは一瞬頭が真っ白になる。そしてすぐに彼のいった言葉を理解して、今度は顔が熱くなった。

「あ、あの……ぼ、僕」

 なんといえばいいのだろうか。彼の認識は間違いだと、否定するべきか。けれど、レハトの中では彼への情が友へのものだと肯定しきれなくなっていた。
 都合がいい。確かに、都合がいいのかもしれない。好きだと言われて。大事なもののように強く手を握られて。それで、好きになるなんて。
 けれど、芽生えた想いは消えることなく、この胸に深く根付き始めている。これを拒絶するなんて、自分には到底無理だと思えた。

「……タナッセ」

 名前を呼べば、びくりと大きく体が反応する。

「あの、僕も……好き、です」
「…………そ、うか」

 少し彼に近寄ると繋いでいた手が外れ、そっと肩を抱かれた。
 長い間、いがみ合い、嫌いあっていた。それがある日を境に憎しみが解け、友情が築かれたかと思えば恋に落ちていた。
 自分でも性急すぎるとは思うけれど、こればかりはどうしようもない。


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かもかて、ダンマカの二次創作サイト。
恋愛友情憎悪殺害ごっちゃにしておいています。

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