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かえるで

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魔術師の末路

ヴァイルの好愛が高いレハルー。死ネタ注意。逃げるその先でルージョンが助かったら、という話。

拍手[3回]



 侍従たちに就寝の意を告げてベッドへと潜り込む。一日中王としての公務に追われた体は疲れ切っており、目をつむると心地よい眠気が訪れた。
 深い呼吸を繰り返し、ゆっくりと眠りにつこうとした俺の意識を微かな物音が邪魔をする。
 目を開くとベッドの脇に白いフードをまとった魔術師が佇んでいた。
 そいつを見たとき驚きはなく、ついにこの時が訪れたのかと感慨めいた溜息が零れる。
 女の顔半分はフードの影に隠れてよく見えなかったが、それでも彼女は俺が待ち望んだ人だということはよくわかった。闇の中に垣間見えるその冷酷な瞳には、在りし日の彼女の面影があるから。

「……久し振り」

 笑顔でそう声をかけてみるけれど、相手は少しも表情を動かさなかった。暗い瞳に潜む憎悪がなんだかおかしくて、笑ってしまう。

「――あの人は、どこだ」

 女の低い声が、そう問いかけた。




***



「あんた、大分力つけてきたよな」

 遊び疲れて中庭で寝転がっていると、ヴァイルがそんなことを言ってきた。

「そう? 俺、文字がなんとか読めるくらいで、歴史とか地理とかてんでだめだよ」
「いや、勉強とかじゃなくてさ。雰囲気とか振る舞いとか、この城の人間っぽくなってきたよ。来たばかりの頃は、なんていうか、やっぱりどこか浮いていたところあったし」
「そうかな? あんま自覚ないや」

 来たばかりの頃は自分の置かれた状況が受け入れることができなくて、全てに反発していたから、確かに今とは雰囲気が違うのかもしれない。だとしたら、それはルージョンのおかげだ。彼女と一緒にいるようになってから、城に対する印象も変わったのだろう。
 こうしてヴァイルと仲良くなったのも、元を辿ればルージョンが俺に自信をくれたからだ。

「それにあんた剣は結構強いんだろ? 衛士たちがあんたの成長がめざましいっていってたし」
「ああ。剣の稽古は樂しいから」

 もしいつかルージョンにこの想いを受け入れてもらえたら、彼女をこの手で守れるようになりたいから。そのために剣と魔術の稽古は一日たりとも欠かしたことはなかった。

「まあ、その気持ちはわかるけど。あんた、見た目もいいんだから……その、着飾ってみるのもいいんじゃない?」

 そうヴァイルに言われて自分の格好を確認する。村にいた頃には考えられなかったような質のいい生地に華美ではないものの繊細な装飾が施された衣服。靴もボロボロのものではなく、磨き上げられた革製のものだ。

「……そんなに変かな? 結構立派な服だと思うけど」
「あ! いや、別に似あってないとかじゃないから! ただ……俺が」

 顔を紅潮させた彼は俯いたまま黙ってしまう。ヴァイルとは仲良くなれたと思うけど、時折見せるこういう態度にはどうすればいいのか困ってしまう。
 気まずい沈黙が降り積もる。

「……あれ、なんか、衛士たちがバタバタしてない?」

 隣で寝ころんでいたヴァイルがそう呟きながら起き上る。その顔の赤みは大分引いてきていた。
 彼はキョロキョロと辺りを見回して、近くを通りがかった衛士に声をかけた。

「ねえ、なんか慌ただしいけど、何かあったの?」

 衛士は目を右に左にと落ち着きがなく動かしながら、なんでもないですよと取り繕うが、嘘なのは明らかだった。

 ――まさか、彼女に何かあったのか。

 俺が判断を誤ったために彼女の正体が知れてしまったのはわかっていたが、力を見せなければ魔術師であることはばれないだろう。不法侵入者として牢にいれられ厳罰されるかもしれないが、荷物に紛れ込んでいたなどとごまかせばさすがに殺されはしないはずだ。
 彼女もそれを承知の上でおとなしくしていると思った。
 なのに。
 ふいにぽつりと水滴が頬を叩いた。先ほどまで晴れていたはずの空に雨雲が立ち込め始めている。
 俺は起き上がり、問答を続けているヴァイルと衛士を横目で見ながら考える。
 何故、彼女は逃げ出したのだろう。……いや、それよりも今は彼女を見つけることが先決だ。彼らよりも早く見つけ出して逃がしてやらなくては、ルージョンの命が危ない。

「あ、ごめん、ヴァイル。俺このあと歴史の授業があるの忘れてた! 悪いけど先に帰るね!」
「え……ちょっとレハト!」

 ヴァイルの声を背に、俺は駆けだした。彼女はどこにいるのだろうか。魔術で探そうとしたが、上手く気配が辿れない。当然だ、こんな状態で魔術を使っているのを見られたら、即座に殺されてしまう。
 走りながら考える。ルージョンがいそうな場所。一つの場所が頭に浮かび、急いで階段を駆け上がった。



 息を切らしながら屋上に辿りつくと、探していた姿を見つけた。
 彼女は俺に気がついて口を開いたが、いつのまにか現れた衛士の声がそれをとめた。

「そこまでだ、侵入者! 大人しく掴まれ。これ以上抵抗を続けるようなら、命はないぞ!」

 目の前に立つ彼女はうつろな目をしていた。祈りの穴の縁に立つ彼女が落ちてしまうのではないかと心配して伸ばした手を、冷たい声が制した。

「やめな。お前はそっちにいるべき人間だ。……お前らは神に愛されているんだから、喜んでそれを受けときな。無邪気な好奇心に駆られて魔術師などに近寄るもんじゃない」
「俺は好奇心で君と一緒にいたわけじゃないっ!」

 彼女の自嘲めいた呟きを否定するが、ルージョンはただ悲しげに微笑んだ。

「お優しいのはいいことだけどね、お前を大事にしてくれている人たちのことも考えるんだね。魔術師との繋がりが明らかになれば、きっと悲しむ」

 反論しようとした俺の耳のすぐ横を何かが駆け抜けた。
 驚く間もなく、俺の目の前にいたルージョンの体が傾くのが見える。再び、風が俺の頬を嬲った。
 ぐらり。祈りの穴へ落ちていくルージョンの体にはいくつもの矢が生えているのが見えた。

「ルージョン……!」

 俺の叫びは彼女が地面に衝突する音にかき消された。
 神の喜びの声を受け止める水盤は散らばり、辺りには水が溢れ、地面に広がるルージョンの髪を濡らしていく。

「寵愛者様、危険ですのでこちらへ来てください!」

 そう衛士が声をかけるが俺は穴から離れようとはしなかった。
 突然現れたルージョンに、神殿内部は大変な騒ぎになっていた。
 参拝者たちは叫び声をあげ、衛士と思われる声が彼女の正体を告げるとそれは一層煩さを増した。
 その中から一人、彼女に歩み寄る姿がある。
 周りの動揺に反してリリアノは常と変らぬ表情を保ったまま、ルージョンに近づいていく。侍従たちが制止の声をあげるが彼女は気にも留めない。

「お主、楽になりたいか」

 囁きのような声が俺の耳にも届く。
 ルージョンの口がわずかに動くが、それを捉えることはできない。
 リリアノは頷くと懐に手を入れた。

 ――まさか。

 俺の予想通り、彼女は懐から護身用の剣を取り出した。

「やめろ、リリアノっ!」

 考えるより先に体が動いていた。後ろで衛士が叫ぶのを聞きながら、俺は祈りの穴に飛び込んでいた。
 以前ルージョンが教えてくれた水に浮かぶ方法を思い出しながら、意識を内に集中させる。内のものを外へ。一瞬だけ、足裏に何かを感じる。けれどそれはすぐに壊れ、俺の体はまた下に落ちる。また足場ができる。壊れる。
 それを繰り返し、俺はゆっくりと地面に降り立った。
 辺りは騒然としていた。遠巻きに俺を見つめる人々は化け物を見るような目で俺を見ている。悲鳴から想像したよりは人数は少なかった。
 よかった、と心の中で安堵しながら、俺の前に立つ人を見上げる。
 彼女はただ静かに俺を凝視していた。

「彼女を見逃してください」
「ならぬ」

 彼女の立場上、無理な相談だろう。
 話し合っても意味がない。そもそも、話しあう時間すらも設けられずにルージョンは処せられる。
 俺は内に渦巻く力を感じながら、彼女に手を掲げた。

「お主、その行為がどんな意味を持つのか、わかっておろうな」
「貴女には感謝している、リリアノ。貴女のおかげで彼女に出会うことが出来た」

 そう、リリアノが俺を手厚く保護してくれなければ、こうして彼女の側にいることはできなかった。感謝してもしきれない。
 だが、リリアノが彼女を害すというのなら、もはや俺の敵でしかない。
 王だろうと神だろうと、ルージョンを傷つける者は許さない。

「――いい目をするな。このような結末になるのは残念だが……それもお主の選んだ道だ」

 外見も中身も違うのに、うっすらと笑みを浮かべたリリアノは何故だか母さんを思い起こさせた。

「お二人とも危険ですっ! 早くその魔女から離れてください!」
「ねえ、あの人さっき空中に浮かんだわ! 本当に寵愛者様なの!?」
「衛士は何をしてるんだ! 陛下と寵愛者様を守れ!」
「あの子供も魔術師かもしれないぞ!」

 あちらこちらから上がった悲鳴が、酷い不協和音を奏でる。
 不快な雑音に手をかざすと、喧騒が嘘のようにぴたりと止まった。畏怖と嫌悪の視線が己に注がれている。

「――愚かな貴族どもとその王よ。お前らの愚鈍さにはあきれかえる。貴様らが厭い汚らわしいと吐き捨てる魔術師を、その懐深くまで潜り込ませるのだから」

 ニヤリと口を歪めてやると聴衆から野次が飛ぶ。悪魔だと、神の使者を騙った大罪人だと、憎しみをこめて。

「ほう。お前らはこの印を疑うと? この印を本物だと認めた五代が間違っていたと」

 一瞥したリリアノは何の反応も示さなかった。
 リリアノの名を出したことにより、侍従たちは慌てて彼女を守ろうと駆け寄る。

「皆、聞いたな。あれは二人目の寵愛者を模した魔術師だ。何も知らぬ寵愛者を手にかけ、あまつさえ神の使者を名乗るその罪は到底許せるものではない。ひっとらえ、相応の罰を与えよ」

 朗々とした声が響く。彼女は素直に侍従たちに従いながら、その場を立ち去る。
 もう、彼女と会うことはないだろう。心の中で再度礼をいいながら彼女の姿を目で追っていると、一つの影が目に入った。
 リリアノと同じくその身に危険が及ぶのを恐れた侍従たちに引きずられながら、それでも視線だけはこちらからはずさない友人の姿が。
 彼の瞳に浮かぶのは悲しみとも憎しみとも受け取れた。
 当たり前だ。害のない田舎者のふりをして実は魔術師だったなどと、裏切り行為に等しい。いや、実際に俺は彼を裏切ったのだ。
 俺を信頼し、ともに国を支えていこうと笑った彼を。
 衛士たちが刀を構えるのが視界に映った。

「一度だけ、忠告してやろう。――私の邪魔をするな。何、私は神に愛された者だ。見逃しても神は許してくださる。だが、万一我らに手を出せば」

 風を操り、一番近くにいた衛士の剣を弾く。手にしていた剣を失った衛士の顔は一瞬にして青ざめ、周りの者は恐怖に息を飲んだ。

「さあ、道を開けてもらおうか」

 静まり返った神殿に俺の声だけが響く。恐れに固まる聴衆たちに嘲りの笑みを向けた。
 彼らの意識は今、俺にある。

「ルージョン」

 音の防壁を貼り、彼女にだけ囁きかける。

「ルージョン聞こえる? 多分、今から乱闘騒ぎになるけど、皆俺の方に気を取られているからその隙に逃げ出して。ルージョン一人だったらなんとか逃げられるよ」
「…………して」

 弱々しい声だった。
 もしかしたら、落下した時にどこかを強く打って動けないのか。今すぐ駆け寄って確かめたかったが、奴らに隙を見せれば二人一緒に殺されてしまう。

「ルージョン、立てる? きついだろうけど、なんとか――」
「どう……して、お前は……ここまで……」

 どうしてここまでして自分を守るのか。彼女はそう言いたいのだろうか。
 思わず笑みが零れた。なんだ、そんな当たり前のことを聞くのか。
 物心ついた頃から額を隠すため人目を避けていた俺は村人たちから奇異の目で見られていた。この城では額を晒せるようにはなったが、その代り好奇心と嘲笑の視線を浴び続ける。
 飼い殺され、惨めに生きていくことしかできなかった俺に、ルージョンは無限の可能性を見せてくれた。忌み子としてでも寵愛者としてでもなく、ただの一人の子供として接してくれた。
 命をかけて彼女を守るこれ以上の理由が、あるのだろうか。

 ――ああ、一つだけあるか。

 震えながらこちらに向かってきた衛士の足に風を送り、転ばせる。

「……ルージョン、この城から抜け出せたら、君に伝えたいことがあるんだ」

 ――だから。お願いだから、生きて。

 彼女は答えない。俺らの周りを囲んだ衛士たちが、いっせいに切りかかってくる。
 彼らを弾き飛ばそうとするが、数が多すぎる。
 自分が死ぬのは構わないが、ルージョンだけはなんとしてでも守らなくては。
 俺に向けて剣を振り上げる衛士の姿が見えたが、構わず後ろを振り返る。案の定、ルージョンにも衛士たちは剣を向けており、俺は怒りに任せて彼らを吹き飛ばす。
 その時、一瞬だけルージョンと目があった。その瞳には何か感情が垣間見えた。――悲壮な決意。そんな言葉が何故だか浮かんだ。

 ――ルージョン、早く逃げて。

 そう願う俺の背後に気配が近づく。今からでは術の発動に間に合わない。
 諦念を抱いた俺の耳に、その声は届いた。

「――命ず命ず命ず。我らの行く手を阻むものを弾き飛ばせ」

 幾つもの悲鳴が上がる。見ると、俺を殺そうとしていた衛士が地面に伏していた。

「ルージョン……」

 素早く起き上がった彼女はふん、と鼻を鳴らす。

「お前は本当に面倒なことしか起こさないね。こんな弟子を持って苦労するよ」

 言いながら、次々と衛士の攻撃をはねつける。

「何ぼさっとしてんだい。こいつら蹴散らしてさっさと逃げるよ」
「……うん!」

 俺も彼女に倣って術を発動させる。
 ルージョンがいつものように話すのを見て、先ほどまで胸に巣食っていた不安は消えた。
 ルージョンが生きていてくれるのなら、俺はなんでもできる。誇張ではない。現に、俺の内で渦巻くものは先ほどと比べようにならないほど大きくなっていた。

「俺、ここに来てから一度も外に出てないんだ。楽しみ」
「無事にここから出れてからはしゃぎな」
「わかった! あ、俺ルージョンにいろいろ話したいことがあるんだ。後でちゃんと聞いてね!」
「下らない話だったら承知しないからね」

 悪態をつきながら、彼女は楽しそうに笑った。





 衛士たちの怒声を背にしながら俺たちは駆ける。目の前に広がるのは王城を守る湖。ルージョンは簡単に水に浮く方法を俺に告げるとついてくるように指示を出す。
 先ほど祈りの穴から降りた時と同じ要領だ。俺は慎重に二三歩足を進め、それからは彼女に追いつこうと駆け出した。
 城から放たれた矢がいくつも俺の傍の水面を叩くけれど、それに怯んでいる暇はない。湖の中腹辺りに来た時、ルージョンは一度立ち止まり、振り返った。
 彼女の目線の先には複数の舟。俺らを追いかけてきた衛士たちだろう。

「……今から別行動になるよ」
「え」
「大丈夫、このまま真っすぐ走っていけば森に着く。そこからは魔術の気配がする方へお行き。そうすれば、お前を匿ってくれる人に辿りつくはずだから」
「ルージョンはどうするの?」

 横目でこちらを一瞥したルージョンは、少し遠回りしてから同じ所へ行くといった。

「お前はとろいからね。二人一緒に行動するとこっちまでとばっちりをくらっちまう。私に頼らず、自分の身は自分で守りな」

 そうしてルージョンは俺の背を押す。

「――お前に会えて、よかったよ」

 微かに鼓膜を揺すった音に振り替えるが、彼女はもう走り出していて、遠ざかっていく背中しか見えなかった。
 矢が、俺の頬をかすめた。
 こうしている暇はない。ルージョンは俺よりもずっとずっと強い魔術師なんだ。今は彼女の足を引っ張らないように、自分の身を守ることに専念しよう。



 ルージョンに教えられた通りの道を進むと一つの小さな家に辿り着いた。人目を避けるように森の中にひっそりと佇むその古い家屋の軒先には、一人の老婆の姿がある。
 いくつもの皺が刻まれた顔。油断のなさを感じさせる鋭い瞳が俺を捉える。

「あんたは……二人目の寵愛者かい」

 口を開く前に正体を当てられて内心驚く。

「ふん。その額の印を見れば、誰にだってわかるさ」

 はっとして額に手を当てる。そういえば、城外に出たのに隠すのを忘れていた。

「それに、子供であるにも関わらず、えらく大きな魔力を秘めているからね。印持ち以外にはありえないさ」

 彼女はどういう人なのだろうか。ルージョンが俺を彼女の元に導いたということは信頼できる人であるのだろうが、ルージョンとの関係がわからない。
 祖母かと思ったけれど、ティントアは自分たちは捨てられたと言っていた。

「私はあの子の師匠みたいなもんさ。昔にあの子を拾ってね。それ以来家に置いてやっているだけの関係だよ」

 なるほど、ルージョンの師匠ということは彼女も魔術師か。……ということは、俺にとっても師匠みたいなものなのだろうか。

「……あんた、顔にでやすいってよく言われないかい?」

 呆れたように呟いた老魔女はゆっくりと椅子から立ち上がった。

「こんなところで話すのもなんだ。あの子の所在とあんたがここに来た理由を中で聞こうじゃないか」

 外見に違わず、内部も小さく古びた印象だった。時折きしむ廊下を経て、綺麗に設えられた一つの部屋に着く。
 老魔女は窓際に設置されたベッドに静かに体を横たえると、俺に指示を出す。

「私はあまり長時間座ってはいられなくてね。ここで話を聞くよ。その前に台所でお茶を入れて来ておくれ」

 言われたとおりにカップにお茶を入れて持ってくると、老魔女はそれを俺に飲むように勧めた。

「え……でも」
「あんた、ここまで走って来て喉が乾いてるだろう。そんなガラガラ声で話されたら聞き取りにくいからね。しっかりそれで喉うるおしてから話しておくれ」

 甘い香りを漂わせるお茶を一口口に含む。途端に乾いていた口内が潤い、彼女の言うとおり俺は喉が渇いていたことに気付かされた。半分以上を飲み、落ち着いたところで俺は語った。
 何故俺がここに来たのか。ルージョンは今何をしているのか。説明するのは得意ではないため、時折考えながら話した。

「……そう、そういうことかい」

 老魔女は一度ゆっくりと目を瞑った。

「はい。それで……あの、申し訳ないのですが、ルージョンが来るまで俺をここに置いてくださいませんか?」

 今俺は追われる身だ。下手に街に出ればすぐに見つかってしまう。せめてルージョンに会えるまで、俺は無事に逃げ延びたのだと元気な姿を見せるため、ここにいなくてはいけない。
 老魔女は俺をじっと見た後、首を振った。

「ルージョンはもうここには来ないよ」
「え……どうして、ですか」

 まさか、俺が嫌になってしまったのか。それならば俺は今すぐここから出ていかなければいけない。だって、元々ここは彼女の居場所なのだから。
 落胆し焦る俺をさらに絶望に突き落とす言葉を彼女は紡いだ。

「あの子はもうこの世にはいないからさ」

 瞬間、すべての音が潰えた。
 ルージョンが……死んだ? 何故? 俺よりも強いルージョンが、死ぬわけないじゃないか。

「双子の兄と同じくらい大事なものができたというのは、あの子にとっては幸福だと言えるんだろうね。……最後まで自分を簡単に犠牲にしてしまう、馬鹿な子だよ」

 老魔女の声が聞こえる。彼女は何を言っているのだろう。

「ルージョン、は……」
「あんたがそれを受け入れられないのなら、それも仕方ないがね。でも、本当はわかっているんだろう? あの城でそれだけ暴れれば、追手だって本気であんたらを追いかけるだろうさ。それに……あの城にはあの子の兄がいるからね」

 確かに、追手の中には御前試合の決勝でよく見かける面々がいた。まだ水面を走るのに慣れていなかった俺が彼らから逃げ延びたのは奇跡にも近いだろう。
 それがルージョンが身を呈して俺を守ってくれたおかげだと考えれば説明がつく。
 ティントアも彼女との関わりを問われるだろう。彼の性格からいって、ルージョンとの関係を否定することは口にしない。それどころか、きっと彼女をかばう。ルージョンの行方がわからないのであれば、その詰問は拷問に変貌するかもしれない。それを見越して、ルージョンは命を賭して兄を守ったのではないだろうか。
 あの時一瞬だけ見せた覚悟を秘めた瞳は、このことを予見していたのだろうか。

「…………っ、でも」
「諦められないかい?」

 強く頷く。

「なら、あんたがその目で確かめればいいさ。まあ、今のあんたじゃ無理だろうがね」
「じゃあっ、どうしたら……!」

 老魔女が俺の眼を見つめる。鋭く、心の中を覗き込まれているような錯覚を覚えた。

「あんたには魔術師としての力がある。成人して修行をすれば、きっとやすやすと城に入ることができるだろうさ。まあ、魔術師の存在なんてやつらにとっては厄介なものだし、あんたが城に侵入できたとしてももうあの子の影はどこにもないだろうがね」

 それでも、他に道はない。
 俺は彼女を助けたかった。この身の代わりに彼女が助かるのなら、喜んで身を差し出しただろう。
 なのに、俺は一緒に彼女と逃げ出そうとした。命をかけて守るというのならば、俺は囮になるべきだったのに。

「……俺は、この目で確かめたい」

 彼らの反応からしてルージョンが捕まったのなら、彼女が生きている可能性は限りなく低い。遺体もぞんざいに扱われているだろう。
 せめて、彼女が死んでいるのだとしても、遺体だけでもあの城から助け出したい。

「そうかい。……なら、私があんたの力になってやろう。どこまでこの命が持つかはわからないがね。少なくとも、あんたがある程度の基礎を学べるくらいまでは大丈夫だろうさ」

 老魔女が浮かべた笑みは不敵にも悲しみに満ちたものにも見えた。

「ああ、あんた成人の儀はどちらを選択するんだい? それによって教え方が異なるからね」
「……どちらが早く、魔術が上達しますか?」
「それはあんたの資質によりけりだが……そうだね、私は女だから女の方が力を同調させやすい」
「わかりました。なら、俺は女を選びます」

 そう宣言すると魔女は少し目を見開いて、いいのかいと問うた。
 頷いて俺はこれからよろしくお願いしますと頭を下げる。
 俺の命はルージョンのためだけにある。彼女のために役立てるのなら、女にだって男にだってなれる。
 魔女はかすかに苦笑して、早速最初の修行を俺に課した。



***



「――あの人は、どこだ」

 低い女の声が響いて、ああ、あんたは女を選んだんだなって実感した。てっきり男を選ぶものだとばかり思っていた。
 彼女の問いには答えず、起き上がって近くの棚を探る。そして出てきたそれを女に投げる。

「それ、あんたなら何かわかるだろ?」

 受け取ったものを見て、女は初めてその顔に感情を浮かべた。汚らしい足飾りを愛おしそうに握りしめ、目には悲しみに染まる涙を口には再会を喜ぶ笑みを湛える。
 おそらく、彼女も覚悟はしていたのだろう。あの魔術師が存命ではないことを。

「あんた、魔術師になるなんて、そんなにあの女に惚れこんでたの? ここからそんなに……抜け出したかった?」

 彼女にはその言葉は届かない。きっと、魔術師の手を取った時から彼女にはだれの言葉も聞こえなくなっていたのだろう。いや、元々彼女には俺の声なんて届いていなかった。あれほどまで周囲と関わることを避けていた彼女が突然俺達と交流を持つようになったのは、あの魔術師のおかげだったのだろう。
 腹に黒い感情が渦巻く。
 彼女は相変わらず俺を見ない。死に絶えた人間の面影を未だに見つめ続けている。
 けれど、その方が今の俺には都合がよかった。女の背後に周り、懐から取り出した護身用の刀の鞘を抜き取る。
 月光に輝く刀身を彼女の腕に切り付けた。柔らかい肉の感触が掌に伝わる。驚いて彼女がこちらを振り返ると、鮮血が周囲に散った。

「……っ、貴様……!」

 怒りに冷静さを失った彼女は反撃しようと手を掲げたが、攻撃は俺を襲いはしなかった。

「……っんで…………」

 力を失ったように彼女の体を地面に落ちる。茫然とした彼女の傍にしゃがみこみ、微笑みかけた。

「思った以上に即効性があるんだな。もうちょっと時間がかかるかと思ってた」

 舌さえも動かないのか、彼女はただ俺を睨みつけた。

「大丈夫、死にはしないから。……あんたは、大事な継承者様だからね。まあ、実際に王になったのは俺だけど」

 ぎらぎらと目が光る。体の自由を失ったというのに、彼女の戦意はむしろ増していくように思えた。

「あんたたち魔術師はどんな魔法をしかけてくるかわからないからさ。ちょっと、ずるさせてもらった。明日の朝にはその麻痺も治るよ」

 代わりに魔力を封じる枷をさせてもらうけれど。
 未だ顔を覆っていたフードを取り払う。神に背いた今でさえも、彼女の額にはアネキウスの輝きがあった。それを見て安堵を覚える。
 抵抗のできない彼女の頬を撫でると、満足感が胸を満たした。
 ああ、ようやく手に入れた。あの事件で失ってからもう二度と会えないと思っていた彼女を。

「そういえば、あんたあの魔女を探しにきたんだよね。もうわかっていると思うけど、あいつは死んだよ」
「……!」
「死体は火で浄化してから遠い土地に捨てたよ。ここにあってもいいことなんかないからね」

 射殺すような視線さえも、自分に向けられていると思えば心地よかった。

「あんたも魔術師ではあるけどさ、選定印があるから。先代、特にファジルには怒られそうだけど……もしいつかあんたが死んでも、特別に俺と同じ所に埋葬してあげるよ」

 涙の滲む瞳には俺の姿だけがある。
 歪んだ喜びが浮かぶ唇を彼女のそれにそっとあてがった。

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かもかて、ダンマカの二次創作サイト。
恋愛友情憎悪殺害ごっちゃにしておいています。

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