アネキウスがさんさんと輝く、麗らかな午後。陰湿なじじいの拷問に近い特訓をようやく終え、一人寂しく歩くかわいそうな俺。
中庭には人気がなく、王城に相応しい手間と金をかけた花々が咲き誇っている。辺りには蝶が飛び交い、詩的な人間がみたら一句読まずにはいられない光景だ。
そんな平和な雰囲気に似つかわしくない気配を放つ人間が一人。俺の背後から向けられる視線には殺意が滲んでいる。
(さて……どうするかな)
相手の位置は把握している。正体もわかっている。だが、肝心の理由が不明だ。
どうしようか迷っていると、向こうが先に行動を起こした。
がさがさと草を掻き分ける音。暗殺者として素質ゼロのそいつの腕を掴む。
「なーにしてるの? レハト」
「…………!」
大きな目をこれ以上ないくらい開いたレハトの手には、護身用と思われる短剣が握られている。
拙い暗殺が失敗したと悟ったレハトはガタガタと震え、目から大粒の涙を零す。
「ごめ…っ、ごめんなさ…」
身長差がある為、自然と上目遣いになるレハトに胸の高鳴りを覚えた。
(いやいやいや! 未分化のレハトに欲情するのはダメだろ!)
さすがにそこまで本能的な人間ではない。
「ごめんなさい……っ、トッズ、怒ってる……よね?」
――前言撤回。かわいすぎるレハトが悪い。
「んー、どうだろうな~。まさかレハトが俺を殺そうとするなんて…………ショックで俺、立ち直れないかも」
わざと落ち込んで見せると、レハトが慌てて俺にすがる。
「ごめんなさいっ! 僕何でもするからっ、だから」
「えー、ほんとに何でもしてくれるの?」
口を引き結んで何度も頷くレハトの頬にそっと手を添える。
「じゃあ、ちょっと目を瞑――」
突如喉元に突きつけられた、明確な殺意。レハトのものとは比べものにならない凄みを持つそれに、一瞬息が止まる。
「――っと、思ったけど、なんか元気でた!」
「もう、大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫!! この通り、すこぶる元気!」
腕をぶんぶん降りながらレハトに笑いかけると、ようやく殺気は消えた。
(くっそう、あのじじい、俺とレハトの甘い時間をいつも邪魔しやがって! というか、見てたんならレハト止めろよ!)
心の中で悪態をつく。直接言える度胸は、残念ながらない。
「……それで、何で俺を刺そうとしたわけ?」
問うとレハトの体が震えた。
「いや、レハトが殺したいほど情熱的に俺を愛してるのは知ってるよ? でも、昨日まではそんな殺意なかっただろ? 何で急にと思ってさ」
そう、つい昨日まで無邪気に俺に抱きついていたレハトには先ほどのような殺意は微塵も感じられなかった。
人の感情の機微を察する自信はあるし、レハトも自分の感情を隠せるほど器用ではない。
今日、レハトの心を変えるような事があったのだろう。
「……お昼ご飯食べた後、中庭を散歩してたんだ。そしたら、タナッセに会って」
あの印のない王子様か。ひねくれものの奴も、さすがにレハトの純情さの前では嫌味を言うことがないので見過ごしていたが、レハトに何か余計なことを言ったのであれば、なにがしかの報復が必要なのかもしれない。
不穏なことを考えるトッズに気づかず、レハトは言葉を続ける。
「それで、タナッセが護衛のことを話してて。トッズのことは言っちゃダメだから護衛になったことは言わなかったんだけど……。……タナッセは僕に護衛がい ないのを気にすることはないって言ってて。ここにいれば安全だからって。むしろ、僕みたいな人間は護衛がいない方がいいって」
「……だから、俺を消そうとしたの?」
あんな王子様の話に惑わされて、殺そうとしたのだろうか。
口だけは達者な奴だから、レハトが鵜呑みにしてしまうのも仕方ないのかもしれないが、もう少し自分を信じてほしい。友情よりも愛をとってほしかった。
トッズの胸にちらとよぎったそんな思いを、レハトは首を振って否定した。
「違う……。そんなことで、トッズを殺さないよ。殺そうとしたのは……護衛は主を守るために命をかけるから……」
じわりと再びその目に涙が滲む。
「僕を守ろうとして、僕の知らないところで死んじゃうこともあるからっ……!」
ポロポロと零れる涙を拭うと、レハトは俺に抱きついた。小さな体は恐怖に震え、嗚咽をもらす。
「僕、嫌だよ……! トッズが母さんみたいに、僕のいないところで死ぬなんてっ」
「――だから、自分の手で殺そうとしたの?」
こくこくと頷くレハトが俺の服を強く握りしめる。
(……ほんとに、こいつは)
どこまで可愛いのだろうか。
相手がどんな人間かも理解していないのに無邪気に人を信じ。人を傷つけるのを酷く怖がる癖に、そんな恐怖に打ち勝つくらい、俺を失うことを恐れて。
驚くほど純粋で、愚かなほど無垢。俺とは正反対の綺麗なその存在に、口元が綻んだ。
「そっかー。レハトはそんなに俺のこと愛してくれてるんだ。すっごく嬉しい」
未だ泣きじゃくる小さな背中を撫でながら、言い聞かせるように耳元で囁く。
「でもさ、レハト。俺が今ここで死んじゃったら、レハトは二度と俺に会えないよ? これから先の長い人生、俺なしで生きていかなきゃいけなくなるよ?」
俺の言葉にびくりと大きく体が震えた。
優しくレハトの肩を掴み、目線を合わせる。
涙の奥にある瞳は俺と同じ色なのに、とても澄んでいて美しかった。
「レハトはそれでいいの? もう、俺に会えなくなっても」
「嫌だっ!」
「でしょ? じゃあ、もう俺を殺そうとしちゃダメだよ」
「でも……」
瞳を陰らせる不安を蹴散らすようににっこりと笑う。
「何、レハトは俺がどこぞの馬の骨ともしれない奴に負けると思ってるの? そんなに弱く見える?」
「ううん。トッズが強いのはよく知ってるよ。……でも、もしローニカみたいな人がいたら」
「あんなじいさん、すぐに倒せるくらい強くなるさ。俺には溢れんばかりの若さがあるんだから。一捻りで倒せるようになる日も近いよ」
不敵に笑うとレハトはようやく安心したように微笑んだ。
(あー……やば、すっごいかわいい。ちゅーくらいならしちゃってもいいよね? 護衛兼恋人の特権としてありだよね? そもそも、ちゅーなんて挨拶のようなもんだし、許されるだろ)
そう思ってそっとレハトに近づけた顔が、背後から掴まれる。
先ほどまでの幸福な気持ちは吹っ飛び、背中に冷たい汗が伝う。
「――ほう。それほど自信があるのなら、今すぐ見せてもらおうか」
心胆寒からしめる声の主はレハトにわからない様にぎりぎりと俺の頭を握りしめる。
「ローニカ、もう仕事は終わったの?」
にこにこと可愛い笑顔をレハトは背後のじじいに向ける。
「はい。丁度時間がありますので、この不届き者を鍛えようかと思います」
「ちょ……さっき訓練終えたばかりだろ! 休憩くらいくれよ!」
「もう十分とっただろう。不埒なことをしでかすほど、回復したようだしな」
抗議の声は無慈悲な威圧にかき消される。
落胆する俺の手をレハトは握り、微笑んだ。
「頑張ってね、トッズ! 僕も今から勉強頑張ってくるよ。終わったら、部屋で一緒にお茶しようね」
そう天使の笑みで言われてしまえば、もうどうしようもない。
ずるずるとじじいに引きずられながら、レハトとのお茶の時間を励みに俺は地獄の特訓に向かうのであった。
かもかて、ダンマカの二次創作サイト。
恋愛友情憎悪殺害ごっちゃにしておいています。
管理人:紅葉
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