倦怠感に包まれた体を引きずりながら、散らかされた衣服を拾い上げ、身に着ける。
昨夜散々嬲られた下肢に不快感を持っているが、仕事は山ほどあるのだ、休んでいるわけにはいかない。
貴族用の大きな鏡石を使って髪の乱れを整える。最初は使用人の身分でこの鏡を使うのは気が引けたが、今ではすっかり慣れてしまった。
「…………もう、朝か?」
低い声で問いかけたその人は、眠そうにまぶたをこすりながら、ゆっくりと起き上がる。
寝起きでさえも貴族としての気品や威厳が漂う彼は私の主であり、五年前に現王ヴァイル様と継承権を巡って争い、敗れたもう一人の候補者だ。
見た目はすっかりと大人の男になったというのに、朝に弱いところは未分化の頃と変わりがない。
「ですが、まだレハト様の起床時間までには時間があります。私は繕い物など山ほどありますので、今から仕事をしなければ間に合わないのです」
棘を込めて放った言葉も、彼には効果がなかった。
私の嫌味などまるで気にしていないのか、表情一つ動かさず、彼は立ち上がる。
「少々お待ちください」
増えた仕事に内心眉を潜めながらも、平坦な口調でそう声をかける。
部屋を離れ、水の張った桶と布を持ってきて彼の体を丁寧に拭う。その後髪を時、新しい服を着せると、彼は鏡石に映る自分をじろじろと眺めた後、不満そうに息をつく。
「なんだ、このやぼったい服は」
「……申し訳ございません。先日のお召し物がお気に召さなかったようなので、正反対のものをお持ちしたのですが」
「何年経ってもお前のセンスは一向によくならないな。所詮、田舎者ということか」
嘲りに満ちた言葉にも、もう慣れた。
彼はただ、私を侮辱したいだけなのだ。この服とて、衣裳係の人たちに見繕ってもらった上品なものなのだが、私が選んだと思っている彼の瞳には下品に映るらしい。
「別のものをお持ちしましょうか」
「いい。お前の失敗ごときでこれ以上時間を食われるのは我慢ならんからな」
朝食の時も彼の罵倒は止まらず、料理が冷めているだの、お茶がまずいだのケチをつけたが、一切逆らわずに頭を下げる。
「では行ってくるが、部屋の掃除と服の修繕をちゃんとしておけ」
そう言い残して彼は仕事へと出て行った。
彼の仕事は国王の補佐。城から中々出られぬ彼の足として、時折現地へ視察に行く役割を担っている。
先日まではここから片道五日はかかる街に赴いていた。その間はちくちくといびられずに済むので、安息の日々だった。
だが、それは束の間のこと。彼は帰ってくるとストレスを全てぶつけるように、荒々しく私を抱くのだ。
この体には彼につけられた噛み後が至る所にある。治るころになって彼は再び同じ場所に傷をつけるので、傷跡は痛々しく爛れていた。
すべて見えないところにあるため、服を身に着けていればわからないが、独身の女がこんな醜い傷跡をつけられれば、もうどこへも嫁には行けないだろう。
これは彼の嫌がらせの一環。もし私がここから出られることになっても幸せを掴むことがないように、彼はこうして私を痛めつけるのだ。
「どうせ、サニャがここから出られるわけがないのに……」
王になれなかったとはいえ、彼にはそれなりの権力がある。逆らえば村に危害を加えると言われている以上、私が逃げられるわけがないのだ。
自分一人の犠牲で村が助かるのならば、安いもの。そう思って耐えるしかない。
昏くなっていく思考を断ち切るように軽く頬を叩いて、私は仕事に戻る。
彼は身の回りの世話は全て私一人に任せているため、すべきことはたくさんあるのだ。
***
彼はその日、友人の貴族に呼ばれていると朝早くから出かけて行った。
本当は泊まりの予定だったのだが、城門が閉まるぎりぎりの時間に、彼は帰ってきた。
彼は慌てて出迎えた私をいつものように抱こうとしたが、服に手をかけたまま、ぴたりと動きを止めた。
彼にしては珍しい反応だ。驚いて彼を見上げる私の視線に気が付くと、いらいらしたように私をベッドに叩きつけた。
といっても、貴族用の高級なベッドだから、それほどダメージはなかったけれど。
「……っ、今日は辞めだ! とっとと自分の部屋に戻れ!!」
これ幸いと私は言われるまま部屋から出る。
彼に何があったかは知らないが、今日は彼の責め苦から逃れられる。
もしかしたら怒りの収まらない彼が私に何か言いつけるかもしれないが、この身を嬲られるよりはましだ。
結局はそれも杞憂に終わり、その夜は彼が私を呼びつけることはなかった。
***
彼は城にいる時は毎晩のように私を自室へに引きずり込んでいたが、その日以来ぱたりとそれが止んだ。
突然の彼の変化に戸惑いはあったが、ようやく自分に飽きてくれたのかという安堵の気持ちの方が大きかった。
相変わらず新しい使用人を追加するつもりはないらしく、昼間の忙しさは変わりなかったが、夜の負担が減るだけでも大分楽だ。
遅めの昼食をとろうと食堂に入ると、いくつかの視線が投げかけられた。
それには侮蔑、好奇、心配、と人によって様々だ。私は気にせずに厨房に行こうとしたが、数人の貴族が止めた。
「ねえ、貴女、ちょっとお待ちなさいよ」
「……私でございますか?」
部屋付きとはいえ、使用人は使用人。主の世話がないときは他の貴族の世話をしなければいけないこともある。今回もそれかと思ったが、彼らの瞳に浮かんでいるのは私がよく馴染みのある感情だった。
嘲笑、嫌悪。己の主が自分に向けるものと全く一緒だから。いや、心身を削られるほど彼の強い感情に比べれば、彼らのものはとてもかわいいものに思える。
「まあ、そこにお坐りなさいな」
「貴族様と同じ席につくなど、無礼はできません。ここからご命令ください」
頭を下げると、彼は面白くなさそうに一瞬顔を歪めたが、すぐにまた嘲笑を浮かべた。
「貴女、たった一人のレハト様の部屋付きよね? どうしてあの方は貴女以外の使用人をとらないのかしら?」
「わかりません。私めごときに尊い方のお考えは理解できません」
あの人が私だけを使用人に選んだのはただ単にいびりたいだけだ。
使用人が一人では負担はとても大きい。現に私は昼間はいつも仕事に追われている。
だが、それを素直に言えば、主を貶すことと同じ。これが彼の耳に入り、村になにかされては今まで耐えてきた意味がなくなってしまう。
「そうなの。私はてっきり、レハト様が貴女を囲っているからかと思ったわ」
優雅に口元に手をやって微笑む貴婦人の目には、ありありと敵意が浮かんでいた。彼女はおそらく、主を狙っていたのだろう。好意を受け入れてもらえず、こうして私にあたっているのだ。
今までにもこうした侮辱を受けたことはあった。主はこの五年間求婚は全て断り、恋人さえも作らずただ仕事に励んでいるだけなのだ。
いい年の独身の男が女に興味ないのは常識では考えられない。こっそりと愛人を作っているのだと推測され、唯一の女の影として私が浮かび上がったのだ。
貴族と使用人の恋は珍しい事ではない。主も私を愛人としているから結婚をしないのだと、こちらに悪意を向ける人間はいた。
最初はそんな屈辱的な噂に腹を立てたが今はすっかり慣れた。
「私はただの田舎出身の使用人です。高貴な方と釣り合うはずもございません」
「それは当然よ。けれど、レハト様も出身は田舎でしょう? まあ、今はそれが考えられないほど、貴族然としていらしているけれど。そういう出身の方は、貴女のような垢抜けない女性を好まれることもあるでしょうから」
「レハト様はそのような感情を私に持ってはおられません。あの方は陛下を御支えになることに全力を注ぎたいと仰っていましたから」
なおも何かを言おうと口を開いた彼女を遮るように、凛とした声が響いた。
「そこの貴方。レハト様のお付きの方ですわよね? レハト様に用事があるのですけれど、どこにいらっしゃるかわかるかしら?」
現王ヴァイルの親戚、ユリリエ様は優雅にそう私に微笑んだ。
「今日は陛下と会食後、そのままともに執務をするとおっしゃっていました。おそらくは、陛下の部屋ではないでしょうか」
「陛下のところにいらっしゃるのね。ねえ、でしたら私と少しお話してくださらないかしら? レハト様のことでいろいろと相談がありますの」
貴族は不満そうに顔を歪ませたが、相手が曲者と評されるユリリエ様では分が悪いと思ったのか、用事があったとそそくさと離れて行った。
「……あなたも大変ね。レハト様も噂にならないように、もう少し使用人を雇えばよろしいのに」
去っていく彼女の後姿を見ながら、ユリリエ様はそう呟いた。
「あの、お聞きしたいこととは……?」
「そうね、私は回りくどいのは嫌いですから、はっきりといいますね。貴女がレハト様の愛人だという噂がありますが、本当かしら?」
「! いいえ、違います! レハト様は私のことを嫌っていらっしゃいますし、私も……」
言いかけて、はっとする。これ以上言えば、彼の耳に入り、村に何かされるのかもしれない。
そんな私の懸念を見越してか、ユリリエ様がくすりと笑った。
「安心なさって。私は貴方の味方ですから。ですが……ここは場所が悪いですわね。お昼時ではないから人は少ないですけれど、内密な話には向いていない。場所を変えましょうか」
そう言って立ち上がる彼女に慌てて後を追う。ついたのは中庭の奥の大きな木の根元だった。
「ここに来るのも久しぶりですわ。あの二人以外はここに来るものもそういませんから、安心して大丈夫よ」
「は、はい……」
「それで、先程の続きですけれど」
「あ……いえ、あの、レハト様は厳しい方ですので苦手に思うこともありますが、私めなどをお側においてくださるので感謝しています」
私の今の境遇を知っているものなら、苦しい言い訳だとすぐに分かるだろう。けれど、はっきりと言ってしまえば、あの主は何をしでかすかわかったものではないのだ。
ユリリエ様は真偽を問うようにじっと私の目を見つめていたが、ふいに口元をゆるめて穏やかに微笑んだ。
「そう。貴方がそうおっしゃるのなら、気にする必要はないわね」
「何をでございますか?」
「私、先日レハト様に結婚を申し込まれましたの。貴女との噂がありましたから悩んでいたのですけど、何もないのでしたら、お受けしようと思いますわ」
結婚。あの人が。
さらりと放たれた衝撃発言に、言葉がでてこなかった。
「ふふ。それほど驚かなくても。だって、レハト様は二十歳で私も二十二歳。二人とももう結婚していて当然の年ですもの」
ユリリエ様は優雅にお辞儀をして去って行った。
一人残された私はぼんやりと先ほどの言葉を頭の中で反芻していた。
あの人が結婚する。ということは、私はようやく解放されるのだろうか。
いびるのは辞めないかもしれないが、夜伽からは逃れられる。
ここ数日は安静に暮らしていたが、いつ呼ばれるのか不安で仕方なかった。
それが、ようやく終わるのだ。
***
彼とユリリエ様の結婚式は壮大に行われた。
王にはなれなかったとはいえ、寵愛者の結婚となれば、派手に祝わなければいけないのだろう。
夜遅くまで宴が行われ、彼が部屋についたのは日付もとうに変わった頃だった。
「おかえりなさいませ」
ユリリエ様は隣の自室に戻られたのだろう、主は一人でふらふらと部屋に入ってきた。
夜着に着替えさせようと伸ばした手が強い力で掴まれ、悲鳴が零れる。
「な……レハト様!」
無言でぐいぐいと引っ張られるのは初めてのことではない。だからこそ、全身に恐怖が走った。
叩きつけられたベッドの感触はよく馴染みがある。何度もここで私は寝かされたのだから。
けれど、今はあの時と状況が違う。彼はもう結婚しているのだ。しかも、今日式を挙げたばかり。
そんな彼と使用人の私がベッドを共にするなど、許されるはずがない。
「お、お待ちください、レハト様! 私はユリリエ様ではありません!」
「……知っている」
「! じゃあ、どうして……!」
愕然としている私を見て、彼は楽しそうに唇を歪めた。
***
それからも、彼は私を抱き続けた。
妻であるユリリエ様は数日に一度部屋を訪れてレハト様と就寝を共にしたが、体の関係は一切なかったようだ。
私が起こしに来るころまでに二人が情事のあとを綺麗にしていなければの話だが。
主はともかく、ユリリエ様は生粋の貴族であるため、その可能性は限りなく低い。
何故、彼はユリリエ様ではなく、私を抱くのか。
答えは分かっている。今までと変わらない、ただの嫌がらせだ。
村を人質にとられている私には抗うすべなどない。ただ彼が飽きてくれることを願うだけだった。
「じゃあ、ユリリエ、行ってくる」
「ええ。いってらっしゃいませ」
主を見送ったユリリエ様は普段であればそのまま自室に帰るのだが、今日はなぜかここでお茶を飲むことを希望した。
言われた通りにお茶を出そうと控室に向かう途中で突然に眩暈に襲われ、壁に手をついた。
「あら。大丈夫? 具合が悪いのかしら?」
「……い、いえ。昨日は夜遅くまで裁縫をしていたので、そのせいかと思います。申し訳ございません、すぐに用意を――」
「貴女、妊娠しているのではなくて?」
突きつけられた言葉に、心臓が飛び跳ねた。
「な……なにを言っているんでございますか。私には恋人はおりませんし、第一忙しくてそのような暇は……」
「あら。貴女はレハト様とよく褥を共にしていらしてるじゃありませんの」
全身の血が凍りつく。
彼女は知っていたのか。いつから?
「あ、あの……」
必死で言い訳を考えていたが、何も思い浮かばなかった。たとえ思いついたとしても、慧眼な彼女を騙すことはできないだろう。
立ち尽くす私の手をユリリエ様は優しく握った。
自分の夫と不貞を働いた女なのに、彼女は何故怒りをあらわにしないのだろう。私程度の使用人はいつでも処分できるからだろうか。
「安心なさって。私は怒っているわけでも、貴女を罰したいわけでもありませんの。言ったでしょう? 私は貴方の味方だと」
「え……」
「ふふ。だから大丈夫よ。とりあえず、座りましょう。身重の体なんですから、無理はいけないわ」
彼女に導かれるまま、席についた。
「それで、貴女はその子を産むのかしら? それとも、おろすのかしら?」
「……私の一存で決められることでありませんので」
「レハト様次第、ということね。貴方の立場なら仕方ないですけれど、その答えが出るということは、産むことに積極的ではないのかしら」
「…………はい」
そっと撫でたおなかの子は不義の子だ。芽生えた命に愛情はあるが、あの人はこの子でさえも私を痛めつける手段に使うだろう。
そうなるくらいなら、今の内に下してしまった方が良いに決まっている。
「そう……」
「ユリリエ様、貴女には優しくして頂いたのに、裏切ってしまい、本当に申し訳ございませんっ!」
頭を下げようとした私を、彼女は手で制した。
「いいの。気にしないで。私は貴方たちの関係を承知の上でレハト様と結婚しましたもの」
「え……」
見返すと、彼女は子供の様ないたずらめいた笑みを浮かべた。
「私とレハト様は愛し合っていませんわ。人としては好きですけれど。お互いにいい年ですし、レハト様は友人にさえも結婚をせっつかれていました。私は家のためにそろそろ結婚しなければいけませんでしたから、ちょうどいいのではないかと婚約いたしましたの。レハト様は寵愛者ですから、ヨアマキス家にとってこれ以上ない方ですから」
ちち、と窓辺に鳥が迷い込んできた。ユリリエ様はその鳥に視線をやりながら、ため息をついた。
「レハト様は半ば拉致される形でこの城にやってきました。寵愛者として生まれた以上、それは仕方のないこと。あの方は全てを諦めてきました。……あなたを除いては」
「私は、あの方のおもちゃですから。私を痛めつけることで、己の中の不満や劣等感を解消しているだけにすぎません」
「そうですわね。あの方は己の感情をあなたにぶつけている。それも暴力的な方面で。子どもがだだをこねているのと変わりがないわ」
彼女はどこまで知っているのだろうか。
私が昔彼に理不尽な対応をとられていたのは皆が知っている。けれど彼が成人してからは人前で罵ることは一切なくなったのだ。
あの時の彼の横暴な態度は子供の癇癪と多くの人がとらえている。だから、私とあの人が愛人ではないかという噂もたったのだ。
けれど、彼女はきっとあれが一時的なものではないことを知っているのだ。
彼が話したのだろうか。
「ふふ。これは、私がレハト様やあなたを見て勝手に思ったことよ。レハト様には一切聞いていないわ」
何故わかったのだろうか。
呆然と彼女を見ると、彼女はあなたは顔に出やすいのよ、と微笑んだ。
「そう、あなたはとてもわかりやすいわ。……だから、私は気になるの。あなたは本当にその子を下してもいいのかしら、と」
「どういうことですか……?」
「あなたはレハト様を憎んでいらっしゃる。けれど、それだけではないように見える」
彼女の言わんとすることがわからなかった。
確かに、私は彼を憎んでいる。殺してしまいたいと思うほど。けれど、それ以外の感情などない。
そう告げると、彼女は少し寂しげに笑った。
「変なことを言ってごめんなさいね」
「いえ。……もう大丈夫なので、お茶をお持ち致しますね」
逃げるようにその場から去ろうとした私の背に、彼女の声がかけられる。
「一つ言い忘れていましたわ。私がレハト様と結婚したのは家のためでもありますけれど、一番はあなたがたの関係に興味を持ったからですのよ」
聞こえないふりをして、私はその場を離れた。
***
「……レハト様、申し訳ないのですが、明日一日だけお休みをいただけないでしょうか」
朝食をとり終わり、休憩をしている彼に声をかけると、めんどくさそうに視線が投げられた。
「お前に休みなど必要ないだろう。この部屋の使用人はお前しかいないんだ」
「休みの日の分は翌日必ず致します。このような我がままを言うのはこれが最後ですので、どうか……」
「……休みをとって、赤子を流すと?」
顔を上げると、すぐそばに不機嫌としか言いようがない彼の顔があった。
「なん……で」
「お前は、産みの繋がりも知らないのか? ここしばらく体調がすぐれないからなにかと思えば……。何故、黙っていた? 無断で堕胎しようとした?」
「それは……」
責めるような彼の言い方に口ごもる。
私だってできるなら、おろしたくはない。けれど、この子が生まれてきてもろくな人生を送れないことは明白だ。
子供の幸せを考えるなら、今ここで終わらせてあげたほうがいい。
なるべく彼の神経を逆なでしないで見逃してもらうことはできないか、必死で頭を働かせる。
「お前はいつぞや父親をみとれなかったと私を責めたくせに、自分は子どもを殺すのか。随分と立派な家族愛だな?」
かけられた侮辱の言葉に一瞬で頭に血が上った。
「なんだ、その目は?」
「……誰の、せいだと思ってるのよ」
「お前以外に誰のせいだと思うのだ? お前のせいだろう、すべて。……ああ、そうだ、お前のせいだとも! 全部、お前が! お前さえ……!」
叫びながら彼は私の肩を強く掴んだ。
肩が痛むが、痛みには慣れている。敵意を込めて彼を睨もうとして、呆気にとられた。
「……レハト、様?」
彼は今にも泣きそうな顔をしていた。
仕えて六年、彼のそんな顔を見たのは初めてだった。
何故、彼は泣くのだろう。泣きたいのは私のほうなのに。
「……休みが欲しいのなら、くれてやる。だが、休暇中は私の指定した場所に滞在してもらう」
それだけ言い残し、彼は私を見ることもなく立ち去った。
***
彼は私の望み通りに休暇を与えてくれたが、堕胎を許してはくれず、二カ月ほどたった今では私の外見は一目で妊婦だと分かるようになってしまった。
ここまでくれば、もう子供を下すことはできないだろう。
私は彼が用意した別宅に軟禁に近い形で押し込められている。
侍従たちは彼が用意した人たちで丁寧な仕事はするが、必要最低限の会話しかしてくれない。数少ない会話の中で、私は彼の故郷の友人と紹介されていることは把握できた。
私は常に監視されており、庭より外に出ることはできなかった。
身分を偽ってここにいる私を訪れてくれるものもおらず、また私から文をかくこともできず、毎日変わらない日々をただ一人寂しく過ごしている。
日ごと大きくなっていく子どもに喜びと憂いを感じながら、私はあの日の彼の顔を思い出す。
未だに彼がどうして泣きそうな顔をしたのか、わからない。
「…………あの人だけじゃない」
わからないのは、自分の心もだ。
憎いはずなのに、殺してしまいたいはずなのに、どうしてあの時の彼の顔が頭を離れないのか。どうして憎い彼との子どもを産みたいと思ってしまうのか。
考えてもわからないことは考えるだけ無駄だ。
そう結論付けて、私はベッドに倒れこんだ。
程度の差はあれど、毎日つわりが起こっており、今も全身にひどい倦怠感が纏わりついている。
早くこのつらさが無くなってしまえ、と思うが、ふと彼もこの苦しみを体感しているのだと思うと、何故だか寂しさがまぎれるような気がして、ずっと続いて欲しいと狂気じみた想いにもなるのだった。
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