地を蹴って、右に飛ぶ。ぶん、という音を出しながら、僕が先ほどまでいた場所に衝撃波が通り過ぎた。
それを放った人物を見ると、彼女は次の攻撃にでる体制に入っていた。
このままではまずい。僕もすぐに自らの魔力を操り、手のひらに力を溜める。
彼女よりも先に放った攻撃は、あっさりと防御壁に弾かれた。
ああ、そうか。防御壁という手があったか。何故だか思いつかなくて、攻撃をかわしてしまった。
ルージョンと久々に対戦できたから、嬉しくて忘れてしまったのかもしれない。
慌てて防御壁を張ろうとするが、上手く作れない。こんなに下手だったろうか、と焦る。早くしなければ、攻撃されてしまう。
けれど、彼女は追撃をすることはなく、その場に蹲った。
「ルージョン、どうしたの!?」
慌てて駆け寄った僕を彼女はじろりと睨んだ。
「……ここまでにしようか。レハト、そろそろ昼食の時間だから、準備をし。ルージョンはしばらく休みな。その調子じゃしばらくは動けないだろう」
「え。ルージョン、大丈夫?」
僕の攻撃は魔力で防いだはずだ。病気なのか体調不良なのだろうか。
「……誰のせいだと思っているんだ」
忌々しそうに放たれた言葉に、首を傾げる。
そんな僕にさらに苛ついたのか、彼女は荒々しくため息をついた。
「お前の攻撃には重さがあるんだよ。防ぐのにどれだけ魔力がいるか……」
「ご、ごめん。ついはしゃいじゃって、力加減を間違えた」
男の魔力は女とは違って攻撃に特化している。攻撃する際は力加減を考えなければいけない。それを最初の頃しっかり教えられていたのに。
はあ、とため息をついてルージョンは立ち上がる。
ふらふらと頼りない足取りではあるが、自力で歩けるようだ。助けたい気持ちもあるが、こうした時に手をかせば不機嫌になることは経験則でわかっている。
「……レハト、ちょっとおいで」
ルージョンに続いて家の入ろうとした僕を師匠が呼び止めた。
彼女の部屋は庭に面しており、今も僕とルージョンの戦いを開いた窓越しに眺めていた。師匠は体が悪く、この二年ほどはずっと床に伏せっている。出会った五年前は寿命が近いと仰っていたが、多少体が弱ったとはいえ、彼女は今も元気だ。
本当によかったと思う。僕にとっても師匠は大切な存在だし、ルージョンにとってもかけがえのない人だ。だから、彼女がこうして健康に暮らしていてくれることがありがたかった。
「なんでしょう、師匠」
僕が窓際までくると、師匠が手を伸ばした。僕の額に触れて彼女は目を瞑る。
皺の寄った小さな指が額をなぞるのは、なんだか不思議な感覚だ。安心できるというか、心地よいというか。ローニカも少し似た指をしていたけれど、彼にはこんな気持ちを抱いたことはなかった。
彼とは少し距離があったからかもしれないと思っていると、師匠はゆっくりと目を開いた。
「……大分、気が乱れているね」
「そう、ですか?」
「ああ。だから力が暴走してしまうんだ。あんた、心あたりはないかい?」
「いいえ。……あ、最近少し夢見が悪いから、それが原因でしょうか?」
師匠は目を開いて、じっと僕を見つめる。その淡い紫の眼はすべてを見透かしていそうで、僕は息を呑んだ。
「……そうかい。なら、いいんだがね。ほら、さっさと台所へお行き」
言われた通り、台所へと急ぐ。ちらりと彼女の顔をみたが、もう僕に興味を無くしたのか、目を瞑ってくつろいでいた。
***
昼食を作り終え、食卓に僕とルージョンの分を並べる。師匠はここで食べることはできないので、食事は別で食べる。以前、一人で食事をするのは寂しいから、師匠の部屋で食べようかと提案したことがあるが、渋い顔で却下された。
「……ばあちゃんのはこれか」
ふらりとルージョンが部屋に入ってきて、お盆にのせた食事に目をやった。
「ルージョン、もう体調は大丈夫? ごめんね、次からは気を付けるよ。師匠の分は僕が運ぶから、座ってて」
「いや。ばあちゃんに食事を持って来いと言われたから、私が行く」
そういってルージョンはお盆を抱えて師匠の部屋へと行った。
師匠は食事中僕らが傍にいることを好まない。渡したら退出を促されるから、すぐに戻ってくると思っていたのに、ルージョンはなかなか戻っては来なかった。
十分ほど経って心配になり確認に行こうと立ちあがった時、ようやくその姿を見せた。
「ルージョン、遅かったね」
「……ああ」
何故かルージョンの表情は暗い。師匠に何かあったのだろうかと不安が胸を過る。
そんな僕の気持ちを察したのか、ルージョンは首を振った。
「ばあちゃんは、元気さ。ただ、今後のことを話していただけだ」
「今後……それは」
師匠が亡くなった後のことだろうか。だからルージョンの顔色も良くないのか。
心配になっていると、ルージョンがこちらをじいと見つめていることに気がついた。何か考えごとをしているようで、僕と目が合っても反応がない。
名前を呼ぶとはっとしたように、瞬きをした。
「そのうちお前にも話すさ。……それより、さっさと食べるよ。午後からは薪割があるんだ、しっかり食べて働きな」
この話は終わりだと言うようにルージョンは食卓についた。
師匠とルージョンの話は気になったが、追及してルージョンを嫌な気持ちにさせたくはない。
僕も彼女に倣って席について、昼食を食べ始めた。
***
闇に沈んだ廊下には僕の足音が響く。
日付も過ぎた夜半。きっとみんな寝ているだろうけれど、静まり返った空間ではその音が大きく感じられて、誰かにばれるのではないかとひやひやする。こればかりは何度経験しても慣れない。
一歩一歩、なるべく音をたてないように慎重に歩を進めながら、僕は目的の部屋に辿りついた。
ゆっくりと扉を開く。ぎぎ、とまた音が生じたけれど、努めて気にしないようにする。
廊下と同じく、室内にも闇が満ちていた。闇に馴染んだ目にはぼんやりとではあるが、家具と思しきものの影が映る。
それを頼りに部屋の隅へと移動する。窓のすぐ傍。師匠のベッドがあるところ。
息を殺して耳を澄ませると、師匠の小さな寝息が聞こえた。
よかった。よく眠っているようだ。
手をとっても、師匠が起きる気配はない。師匠の手は肉が削げ落ち、皮と骨しかなかった。前はもう少しだけ肉がついていたのに、こんなにやせ細ってしまった。
そのことにずきりと胸が痛む。師匠を蝕んでいく死の影が憎かった。
僕は目を瞑り、己の気を指先に集める。繋いだ師匠の手へと流し込もうとした時。
「――やめな」
小さな声とともに、手が振り払われた。
予想外のことに固まる僕に、師匠はため息をつく。
「あんた、自分が何をやっているのか、わかっているのかい」
「……無断で部屋に立ち入ったことは謝罪します。嫌な夢を見て、師匠が無事かどうか確かめたかったんです」
咎める言葉にそう返せば、ふん、と鼻で笑われた。
「下手な言い訳はやめな。あんたがこの五年してきたことを、私が気づかないとでも思ったのかい」
「僕は、何も……」
「何もしてないって? そんなわけがないだろう。もう死ぬ寸前だったこの老いぼれが今もこうして生きているのが、ただの偶然なはずがないだろう。……そうさ、あんたはそうやって私に魔力を与え続けて無理やりこの世に繋いでいるんだ」
僕の手首が掴まれる。その衝撃で指先に溜まっていた僕の力が、堰を失ったように腕を伝い、あるべき場所へと戻っていった。
これ以上言い訳しても意味がない。師匠はもう分かっているのだ。僕がこうして寝ている彼女に自分の生命力を与え続けていたことを。
「師匠の許可を得ずに行ったことは謝ります。けれど、僕はまだ貴方に死んでほしくないんです。……魔術師を志して五年、まだまだ貴方から学ぶべきことがたくさんある」
「学びたいのならルージョンから学べばいい。私はもうお前に何も教えるつもりはないよ」
「ですが……」
ふいに師匠の気配が鋭くなる。顔はよく見えないが、おそらく僕を睨み付けているだろうことはわかった。
「素直に言ったらどうなんだい? あんたが私を生かそうとするのは、あんた自身のためじゃない。全部、あの子ためだと」
「…………それは」
「言っておくがね、あんたがしている事はあの子も知っているよ」
「え」
ぴたりと固まった僕に追い打ちをかけるように、師匠は大きくため息をついた。
「あんたは自分のものだからわからないだろうが、私の気配にはあんたのものが紛れ込んでいるんだよ。今の私はあんたの生命力で持っているようなもんだから、ほとんどあんたの気配に近い。ルージョンが気づかないはずがないだろう」
「……今日、ルージョンに話をしていたのは」
「このことだよ。あんたにはもうやめさせるから、私はもう長くはないってね。だから覚悟はしておきなと」
昼間のルージョンの顔が頭を過る。湧き上がる恐怖に突き動かされるまま、僕は師匠の手を握った。
「お願いします、師匠! 僕の我がままだとわかっていますが、どうか続けさせてください! あなたに生きていて欲しいんです!」
「駄目だ。もう二度と、御免だよ。あんた、生命力を分け与えるってことがどういうことかわかっているのかい? こんな婆の数年のために、あんたの十数年を削っているんだよ」
「僕の命なんて、どうでもいいんです! 師匠がいなければ……!」
そうでなければ、ルージョンは。震える唇を噛み締めると、師匠のため息が聞こえた。
「あんたは大事なことがわかっていないね。……もう部屋に戻りな。これ以上あんたと話すつもりはないよ」
「師匠……」
「もう寝たいんだ。あんたは老体に鞭を打つつもりかい?」
そう言われてしまえば、それ以上食い下がることはできなかった。
僕は謝罪を口にして、師匠の部屋を後にした。
***
翌日から、師匠は部屋から出てくることはなくなった。
食事もすべてルージョンが持って行っているため、僕は師匠の顔すら見ることができない。一度僕がやると申し出たのだが、断られた。また生命力を与えるかもしれないと警戒されているのだろう。
「……師匠、具合はどうだった?」
その問いに答えるルージョンの顔は暗い。日に日に沈んでいく彼女を見るのは辛かった。
けれど、もう僕にはどうすることもできない。師匠の意志を無視して力を注げばその場はしのげるだろうが、師匠はそれを嫌がるだろうし、ルージョンもきっと望まないだろう。
「レハト、今から手合せをするよ」
「え……あ、うん。わかった」
ルージョンから言ってくるなんて珍しい。いつもは僕が何度もせがんでようやく折れてくれていたというのに。
「今日は軽く手合せをするだけだからね。一二撃打ったら、それで終わりだ」
言いながら、ルージョンはこちらに向けた手に力を込める。それから放たれた攻撃は僕の防御壁に阻まれ、霧散した。
防御壁をすぐさま解き、衝撃波を放つ。それももちろん彼女の作った壁に防がれ、当たることはない。
彼女の攻撃がもう一度加えられ、また防御壁を張る。今度は僕の攻撃だ。
けれど、ルージョンはそこで終らせた。
「僕まだ一回しか攻撃してないのに」
「もう十分だ。……やっぱり、安定しているね。力の流出がなければ、コントロールも元に戻るのか」
その呟きに、久しぶりに苦も無く力を振るえたことに気がついた。
僕の腕が未熟だからだと思っていたけれど、違ったのか。
「……ルージョン、師匠の事、知ってたんだね」
「ああ。……お前みたいな愚鈍な奴でもない限り、気づくさ。ばあちゃんはもう二度とお前を近づけるなと言っていたよ」
「そう……」
肩を落とした僕を見て、ルージョンは何か言おうと口を開いたけれど、すぐに閉じて、踵を返した。
「私はこれから買い出しに行く。お前も、ついてきな」
「え。でも、僕印があるから……」
「隠せばいいさ。お前は成人して見目が変わったからね。それさえ隠せば、レハトだってことはばれやしないよ」
迷ったが、せっかくルージョンが誘ってくれたのだ。乗らない手はない。……師匠の言いつけを守るためで、彼女に他意はないとはわかっているけれど。
数年ぶりに訪れた街は、相変わらずの活気に満ちていた。行き交う人の多さに眩暈がしそうだ。
「……平気かい?」
「う、うん。人が多くてびっくりしただけだから」
そうして一歩、人ごみの中に足を踏み込む。
「今日は何を買いに来たんだっけ?」
「食料と、材料だね。香料が足りない」
行商人の呼び込みの声を聞きながら、僕らは目当ての店を目指す。
どん、とすれ違った人と肩がぶつかった。ぐらりと頭が揺れ、慌てて額に手をやる。
よかった。布はずれていないようだ。
人にぶつからないように気を付けながら、ルージョンのあとについていく。店を何軒か周り、目的のものが無事に買えて、一息つく。
「こんなもんだね。……少しお金に余裕があるけど、何か欲しいものはあるかい?」
「うーん……じゃあ、あれが欲しい」
先ほどから気になっていた露店を指差す。小さいながらも賑わっている菓子店。奥で焼いているのか、香ばしい香りが辺りに漂っている。
ルージョンは一瞬だけ眉を潜めたが、何も言わずにそのお店へ足を向ける。僕もその後についていくと、どれがいいんだと顎で示された。
どれにしようか、と並べられた菓子を見やる。たくさん種類があって悩む。
「あれ、これ……」
見慣れた菓子があった。城にいた頃によく食べていたものだ。
大好きな菓子で、サニャがよくお茶の時間に用意してくれていたっけ。
懐かしい思い出に頬が緩む。よし、これにしよう。
「すみません、これ一袋ください」
「はい。かしこまりました」
店員が一袋手に取り、包み始める。それをぼんやりと眺めながら、ふと気になったことを尋ねた。
「このお菓子って、以前知り合いの家で食べたことがあるんですけど、ここらへんでは有名なんですか?」
「元々は西方の小さな村の名産品でね、この形状の物はうちのオリジナルなんですよ」
「ということは、僕が食べたのもここで買ってきたものなのかな?」
「そうかもしれませんね。なんたってうちの菓子はお城にも卸しているほどなんですから!」
自慢げに笑うと、店員はルージョンからお金を受け取り、僕に菓子を渡してくれた。
買ってもらった菓子の包みにはいくつか菓子が入っている。家に着いたら、ルージョンと一緒に食べよう。師匠は多分一緒には食べてくれないだろうから、後でルージョンから渡してもらおう。
そう思いながら歩いていると、先を歩いていたルージョンの背中にぶつかった。
「わっ……ごめん、前見てなかったよ」
普段なら何をやっているだと叱られるのだけれど、何故だかルージョンは言葉を返さない。ただ俯いてそこに立ち止まっている。
「ルージョン?」
「……お前は、どこにだって行けるんだ」
ぽつりと放たれた言葉は小さく振えていた。微かに反射するその響きに、いつの間にか音の防壁を張っていることに気がつく。
もう森の中で辺りには人がいないのだが、それでも壁を張らなければならないほど重要な話なのだろうか。
「額の布は魔力で張り付けていれば、外れることはない。少し労力がいるが、慣れれば当たり前のように行えるだろう。普通に人の輪の中に入ることができる。お前は未分化とは見目が大きく変わった。だから、ここにいても、城の連中にばれることはないだろう。……あの菓子屋にだって、いつでも寄れる」
「ルージョン、それは……」
それは、僕がもう邪魔だということだろうか。
師匠がいなくなったら、僕と二人きりで生活するのは耐えられないとこ言うことなのか。
「……お前の自由にすればいい。私はその決断に文句は言わないよ」
それだけ言って、ルージョンは歩きだした。
僕は無言でその後をついていくしかなかった。
***
その日は月の綺麗な夜だった。
雲は一つもなく、アネキウスの輝きが美しく地上を照らし出している。
そろそろ寝ようかと窓を閉めようとした僕の部屋に、ルージョンが飛び込んできた。ノックをすることもなく、ひどく取り乱している彼女を見て、とうとうその時が来てしまったのだと悟った。
恐れていた、終わりの時が。
「ばあ、ちゃんが……呼んで来いって……」
青い顔をしたルージョンを支えながら、僕は数日ぶりに師匠の部屋へ訪れた。
珍しく、夜なのに窓が開け放たれていた。室内に入り込む月光の中にいる師匠はいつもよりも顔が白く見え、いつ息を引き取ってもおかしくないように思えた。
僕は思わず縋りそうになる体を必死で抑えた。
「……来たか」
「お呼びになられたと聞きました。僕に、何かご用事でしょうか」
「もうそろそろ潮時だからね。あんたにも世話になったから、最後くらいは顔を合わせておかないと思ったのさ」
別れのあいさつでなければいいと心の中で祈ったが、師匠は僕のそんな願いを容易く打ち砕いた。
「そんな顔しなさんな。私はもう十分生きたよ。……あんたのおかげでね」
「なに、言っているんですか。師匠はまだ……まだまだ長生きしますよ」
師匠がこちらを一瞥する。わかっている。師匠の気は弱々しくて、風前の灯の如く、いつ消えてもおかしくはなかった。
「あんたに一つ、頼みがあるんだ」
師匠はふうと疲れに満ちたため息をついた。支えていたルージョンの体が怯えで震える。思わず彼女を支えていた腕の力を強める僕に目を細めて、師匠は続けた。
「その子を……ルージョンを、頼んだよ。あんたがいないと耐えられないだろうから」
「そんなわけないでしょう……ルージョンには、師匠じゃなければいけないんです」
「本当にあんたは大事なことがわかっていないんだね」
やれやれというように首を振って、師匠は目を瞑った。
「とにかく、任せたからね。……理解するのは後でも十分さ。あんたたちには、時間があるんだから」
ゆらり、と師匠の気が大きくなる。これは良く知っている。灯が消える直前の、最後の輝きだ。
思わず師匠に手を伸ばす。彼女の意志など今は構ってはいられなかった。ここで僕が動かなければ、師匠は死んでしまうのだ。
けれど、僕の望みは手首を掴んだ腕によって阻まれた。
「……どうして」
小刻みに震える手で僕の手首を握る彼女――ルージョンを見下ろす。
彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。それほどまでに師匠と別れるのがつらいのに、何故僕の邪魔をするのだろう。
「いい。……レハト、もう、いい」
「いいって、このままじゃ師匠が……」
「……ばあちゃんはっ、大事だ。でもっ……レハトも、大切だから……っ」
この家に来てから、彼女が僕のことをどう思っていたのかはっきりと告げたのはこれが初めてだった。
大切。師匠と同じくらい、彼女の中では僕の存在はそれくらい大きくなっていたのか。それがどれくらいすごいことなのか、彼女と五年共に過ごしてきた僕にはよく理解できた。
「案外早く分かったようじゃないか」
くっくと楽しそうな師匠の声。
彼女は最後の力を振り絞って、僕らを見た。
「これからは二人でしっかりやりな。せいぜいあの世で見守っててやるから」
「……師匠。確かに、僕は大事なことに気がついていませんでした。でも……でも、もしルージョンがあなたの延命を望んでいなくても……僕は、あなたに力を分け続けていましたよ」
じわりと滲んだ涙で師匠の顔がぼやける。袖で目元をこすり、まっすぐに師匠を見た。
「だって、あなたは僕の師匠でもあり……祖母でもありましたから」
物心ついたころから、僕の肉親は母しかいなかった。親身になって僕に魔術を教えてくれる師匠は、僕の祖母同然の存在だったのだ。
師匠は僕の言葉に一瞬目を見開くと、にやりとその口元を歪めた。
「なんだい、この年になって馬鹿な孫がもう一人増えたのかい。……まったく、あんたらはほんとに手のかかる孫たちだったよ」
それが、最後の言葉だった。
師匠の気は完全に消え、後には魂の抜けた小さな肉体だけが残った。
「……今まで、ありがとうございました」
小さくそう呟くと、ルージョンの手に力が籠められる。
悲しみに耐えている彼女を抱きしめようとしたが、彼女は首を振って拒んだ。
「だいじょう、ぶ……。私は、一人で……だから、お前は……」
ふいに昼間の一件を思い出す。ルージョンは僕の自由にすればいいと言った。なら、彼女の傍にいてもいいのだろうか。
そっと彼女を抱きしめる。ルージョンはびくりと体を震わせ、僕を見上げた。
「……僕がどんな決断しても、文句は言わないんでしょう?」
少し茶目っ気を含めて微笑めば、ルージョンは笑った。泣きながら、嬉しそうに笑った。
かもかて、ダンマカの二次創作サイト。
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