WEBアンソロジー『仮面舞踏会』に提出した、ルージョン愛情エンド後のレハルーです。
流血、死ネタ、残酷描写などを含みますので、苦手な方はご注意ください。
[2回]
「帰らないで……」
闇に沈んだ部屋の中で、震える小さな声が響いた。
僕に縋り付いたルージョンはいつもの彼女からは考えられないほど弱々しく、儚げに映る。
目を合わせるのすら怖いのか、僕の胸に顔を押し付けて、彼女は再度懇願した。ここに居てほしいと。
それがどういう意味なのか、さすがの僕でも理解できた。
ここで城に帰らなければ、僕は二度とあの城に戻れないだろう。
温情をかけてくれたリリアノを裏切ることになるし、優しくしてくれたヴァイルやサニャ達にも会うことは出来なくなる。
特に、ヴァイルとは王座を競い合っていて、彼は今日と言う日をとても楽しみにしていた。
僕がいなくなったと知れば、どれほど悲しむだろう。
友人の泣きそうな顔が脳裏に過り、ちくりと胸が痛んだ。
「レハト……」
僕の沈黙を否定と取ったのか、彼女の声に絶望の色が混じる。
目をつむり、僕はもう一度考える。
二度と会えない友人や侍従。篭りが明ければ再び会える彼女。
僕は王位が欲しかった。これからのことを考えれば、帰るのが正解だろう。今を逃せば、僕は二度と日の当たる道を歩めなくなるのかもしれない。
大きく深呼吸をして目を開く。
答えは決まった。いいや、初めからそれしかなかった。
「……ごめん」
背に回した腕を解き、離れようとしたルージョンを僕は強く抱きしめた。
僕よりも背の高いはずの彼女は、小さくか弱かった。
力を込めれば折れそうなほど、細い体。僕の行動に小さく息を呑んだ彼女。
ずっとルージョンに憧れていた。王となり、こっそりと城に忍び込まずとも兄に会えるようにしたかった。
ここに残れば、その夢も叶わなくなる。
それでも、僕はここに残る。
初めてなのだ。彼女がこうして僕を求めてくれたのは。
今までも彼女に何かを頼まれることはあった。けれど、それは僕の地位や魔力に頼っていただけだった。
だから、僕の存在そのものに縋ってくれたことが、言葉にできないほど嬉しい。
口にして伝えられない代わりに、彼女の体を強く抱きしめる。
ルージョンにとって、僕は亡くなった老魔女の代わりだろう。
僕を好きになってくれたわけではない。
彼女は自分を異性として見られることをを異様に嫌悪していた。恐怖していた。
だから、僕のこの好意は胸に秘め続けなければいけない。女性として愛していることを知られれば、きっとルージョンは僕から離れてしまうだろう。
「……大丈夫。僕は、ルージョンの側にいるから。ルージョンが望む限り、ずっと」
さんさんと陽が照っている中、僕たちは庭で作業をしていた。
魔術師は基本的に人と離れているのが常。できるかぎり自給自足をしなければいけないため、こうして毎日庭で野菜の世話をしているのだ。
村では農業を生業としていたし、分化した体は体力も筋力もつき、作業は苦痛ではなかった。
そう、作業は苦痛ではないのだけれど。
こっそりと僕の隣で雑草を抜いているルージョンを盗み見る。
彼女は数年前に分化済みだ。なのに、篭りが明けた僕には依然と大きく異なるように思えた。
原因はわかっている。
僕が、男を選んだからだ。
男を選んだのは、二人で暮らすのであれば、男手があったほうがいいと思ったからだ。母さんと二人で暮らしていた頃に、男手の大切さは身に染みていたから。
だから、僕は男を選んだ。
ルージョンは僕の決断に反対しなかった。
男になっても、僕が彼女に劣情を抱かないと信頼されているからだろうか。それとも、彼女にとっては僕の性別などに興味がなかっただけなのだろうか。
どちらかはわからないが、とりあえず僕は追い出されずこうして彼女の傍にいることができる。最初は、それだけで幸せだった。
人の欲とは恐ろしいものだとつくづく思う。
ルージョンと共にいられればそれでよかったはずなのに、僕はそれだけでは満足できなくなっていた。
隣にいるルージョンは僕の視線に気づかずに、今も草むしりに没頭している。
長時間体を動かしていた為か、彼女の頬はうっすらと赤みが差し、時折汗がその白い頬に走る。薄く色づいた桃色の唇からは、微かな吐息が零れる。
ただの農作業の光景。なのに、なぜこうも動悸がしてしまうのだろうか。僕はおかしくなってしまったのかもしれない。
男になるということが、これほど辛いことだとは思わなかった。
女を選ぶべきだったと後悔がよぎるが、今更どうしようもない。
せめてルージョンにこの劣情がばれないように装うしかない。
「……い、……おい!」
突然肩を叩かれ、飛び上りそうなほど驚いた。
「何をぼさっとしているんだい」
「え……あ、ごめん。ちょっと疲れたなと思って」
「まったく。……まあ、ちょうどいい。そろそろ昼飯にするか。私は先に家に戻っているから、きちんと片づけをするんだよ」
呆れたように僕を一瞥したルージョンはそれだけ残すと立ち去った。
彼女の後ろ姿を眺めながら、僕は自分の早鐘のような心音を聞いていた。
ふいに声をかけられたというのもあるが、ただ肩を叩かれただけでこれほど動揺するなんて。
僕はどれだけの間この気持ちを隠すことができるんだろうか。
「……いや、違う。きっと、これは一時的なものなんだ」
城にいた頃、男を選択した人たちによく魔の十五歳の話を聞いたことがある。男に分化したばかりの人間は、性的好奇心を抑えるのに苦労をすると。ある程度時間が経つまでは女性に対して過剰な反応をしてしまうのだと。
僕は男になってまだ日が浅い。だから、今のこの反応は魔の十五歳のせいに違いない。十五歳を終える頃になれば、この性欲は落ち着くだろう。
僕はあの男とは違う。己の欲望のためにルージョンを傷つけるような下卑た人間ではない。
「そうだ。僕はドゥナットとは違うんだ」
だから、あんな男が抱いていた欲情など、僕にはない。
これは急激な体の変化に対する反動。ただ、それだけだ。
気が付けば、真っ白な空間に立っていた。
立っているというより、浮いているという方が的確かもしれない。
ここはどこなのだろうかと考えた時、その声が響いた。
「帰らないで……」
震える手が、僕の背に回されている。柔らかな体が、僕に縋り付いている。
先ほどまで白で満たされていた空間は、いつのまにか黒に変わっていた。
真っ暗であるのに、彼女の顔は何故だかはっきりと見えた。
あの時とは違い、真っ直ぐに僕を見上げる彼女。その目はうるみ、白い肌は火照っている。
「レハト……」
薄く開いたくちびるから零れる、僕の名前。熱を帯びた声は僕の耳を犯し、体の芯が一瞬で熱くなった。
彼女の頬に手を当てる。彼女のしっとりとした肌は、待ちわびていたかのように僕の掌に吸い付いた。
駄目だと、頭の中で声が聞こえた。戻れなくなってしまうと、必死で叫んでいる声が。
これは、僕の叫びだ。
一線を越えてはいけない。分かっているはずなのに、僕の体は操られているかのように動いていく。
彼女に口づけをした瞬間、ドクリと大きく心音がなった。
理性が吹き飛んだ音だと頭の片隅で思いながら、僕は彼女の唇に深く口づけた。
彼女のくぐもった声が零れたが、構わず彼女の口内を蹂躙する。
下唇を撫で、歯列をなぞり。奥で縮こまっていた彼女の舌に絡みつき、吸いあげた。
抵抗か、彼女が僕の胸を叩いた。顔を離すと、荒く息をついた彼女がこちらを見上げる。
その瞳には確かに強い感情が宿っていた。けれど僕は彼女の意志表示よりも、唾液に濡れたくちびるに気を惹かれた。
彼女を組み敷いて服をはぐ。これから自分が行おうとすることが何であるのか、重々理解していた。
彼女の反応を一切気に掛けることなく、僕はただひたすら彼女の体を熱を貪った。
「……ごめん」
涙の滲んだ震えた声がどちらのくちびるから零れたものだったのか、僕にはわからなかった。
びっしょりと全身に汗をかいていた。
起きたばかりだと言うのに、意識ははっきりとしている。
ため息をついて、体を起こした。
「……今のは」
口の中がひどく乾いていて、かすれた声しかでなかった。
さきほどのは、夢だ。
男になった僕にルージョンが縋り付いていたのも、僕がルージョンを荒々しく抱いたのも、全てまやかしだ。偽りだ。魔の見せた、忌々しい悪夢だ。
「違う、違う、違う! これは僕の願望なんかじゃない……!」
ルージョンを性的な目で見てなどいない。
自身の欲望のままに汚してしまいたいなど思わない。
そう信じこもうとする僕を嗤うように、先程の夢が脳裏をよぎる。
あられもなく乱れるルージョンの姿。脳髄を犯すかのような甘い嬌声。熱を帯び、しっとりと汗ばんだ柔らかい肌。
彼女を抱いている時、僕は悦びに満ちていた。彼女が最も嫌がることだと理解しながら、僕は幸せだったのだ。
「…………っ」
認めざるを得なかった。
――僕も所詮、あの男と同じ下種な男なのだと。
快晴の広がる空の下、僕は一人で薪用の木を伐採していた。
斧の快い音が森に響く。こうした力作業が僕は好きだ。
ルージョンの力になれているというのもあるが、一人で黙々と作業をしていると、彼女へのもやもやとした気持ちが一時的にでもどこかへ行ってくれるからだ。
本当はまだ伐採する必要はないのだが、あんな夢を見た直後にルージョンの側に居られる気力はなかったので、予定を変更して薪割をしている。
ルージョンは街へと買い物にいっているから、しばらくは帰っては来ない。
今の内に、気持ちを整理し、決断しなければならない。
ルージョンから離れ、一人で生きていくのか、それとも己の欲を抑え続けて彼女と暮らし続けるか。
彼女と別れるなど、考えるだけで身が裂かれるような想いがする。
けれど、ルージョンに汚れた欲望を抱いている以上、僕だって彼女を傷つける要因になり得る。守るつもりが逆に傷つけるなど、あってはならないことだ。
だが、僕が彼女から離れると、誰が彼女を守るのだろう。
老魔女は死んだ。兄のティントアは彼女の居場所すら知らない。
普通の人間は魔術によってこの家までたどり着くことはないが、最も厄介な男は簡単にこの家に来てしまう。
ルージョンはあの男を見るとすくんでしまう。魔術も発動することができなくなるだろう。
だから、僕が側にいるべきなのだけれど。
「…………男の僕では、駄目だったんだ」
女を選んでいれば、こんな悩みなど抱かずにいられただろう。
己の選択を後悔しながら、斧を振り上げたその時。
「――おや、これはこれは、お久しぶりでございますね」
男の低い声が聞こえた。
見ずとも声の主はわかっていた。
「……なんのようだ、ドゥナット」
「ご挨拶ですね。ここは元々私の家ですよ? 用もなく実家に帰ってはいけませんか?」
ぎょろぎょろと動く隙のない瞳。にやついた口元。
生じた嫌悪に、思わず眉を潜めた。
「気色の悪い敬語はやめろ。お前はここを勘当された身だろう。当に帰る実家ではないはずだ」
彼と老魔女の仲は悪かった。死期の近い彼女の見舞いにもこなかったのだ、墓参りに来た訳はないだろう。
ここには魔術や生活に使う道具はあっても、金目のものはない。彼もそれをよく知っているはずだ。
墓参りでも金の無心でもなければ、目的はただ一つ。
「……今すぐここから立ち去れ。二度とここに近づかないと約束すれば、見逃してやる」
内に集中しながら、彼の目を見据える。
分化する前の僕の魔力では到底彼には太刀打ちできなかったが、成人した今は違う。
魔力は未分化の頃と比べ物にならないほど増幅した。毎日の訓練の積み重ねで、様々な魔術も使えるようになった。
「ははっ、ほんと馬鹿は面白いな」
「聞こえなかったのか、今すぐ立ち去れ。ルージョンに近づくな!」
怒りを込めて放った言葉も、男にはなんの効果もなかった。
それどころか、喜色の色を浮かべてこちらに近づいてくる。
「ルージョンに近づくな……ねえ。騎士気取りが様になっているじゃないか、元寵愛者様?」
口で言ってもわからないのなら、実力行使だ。
手に意識を集中しようとした時、ドゥナットはおどけたように肩をすくめて両の手を見せた。
「おっと。おいおい、そんなに警戒するなよ。俺は別にガキに用があってきたわけじゃねえんだ。お前に話があって来たんだよ」
「僕に? お前がか?」
どうせろくなことではないだろう。聞く価値などない。
「そんな顔するなって。悪い話じゃねぇんだ。俺はお前を心配してきてやったんだからよ」
「お前の心配など無用」
「そう言うなよ」
男は唇を更に歪めた。
「――――お前、あのガキにムラムラしてんだろ?」
「……!」
「図星か。まあ、そうだよな。成人して性欲持て余してる時に、女と二人暮らしなんだからな。相手があのガキでも、欲情しちまうか」
「ぼ、くは……彼女をそんな目で見てない! お前なんかとは違うんだっ!!」
怒りで体が震えていた。侮辱された憤りではなく、本心を見抜かれた事への羞恥だ。
「お偉い寵愛者様はそんな俗な感情は抱かないってか? んなわけねーだろ。立場なんて関係なく、男は女に欲情するもんだ。なあ、そうだろ?」
男の視線が僕の後ろへと移動する。
まさか。
今度はおそれで体が震えた。確かめたいのに、怖くて振り向けない。
「そうびびんなよ。こいつはお前が叫んだ後で来たんだ、その前の話は聞いちゃいねーよ」
そう言われても安心できるわけがない。
仮に男の言葉が本当でも、今から告げられる可能性だってあるのだ。
ルージョンは男の欲を嫌悪している。僕がそんなものを抱いていると知れば、彼女は僕をどう見るのだろうか。
頼ってくれたのに、隣にいることを許してくれたのに、きっと僕を軽蔑して二度と会ってはくれないだろう。
怖い。彼女に冷たい目で見られることが。彼女の傍に居られなくなることが。
「……レハトに、何をしている」
ただ離れるだけなら、つらいけど耐えられる。
でも、ここまで心を許してくれた彼女に拒絶されるのだけは、耐えられない。
「なにって、お前知りたいのか?」
「……めろ」
男は言うつもりだ。
僕の焦燥を嗅ぎ取ったのか、ちらりとこちらを一瞥し、ニヤリと笑った。
「やめろ……」
そんな懇願で男が止めるはずがない。
僕にとっては命よりも守りたい秘密でも、男にとってはただの楽しいおもちゃにすぎないのだから。
「なら、教えてやるよ。こいつはお前に欲情し――」
「やめろ!!」
一陣の風が吹いた。
僕の叫びすらもかき消すような強い突風。けれどそれは一瞬で過ぎ去り、後には静寂が残った。
「…………あ」
目の前にある光景に僕は膝から崩れ落ちた。
がっしりとした幹に突き刺さった斧。そこから滴る鮮血。ゆっくりとそれを辿っていくと、広がっていく赤。転がる首。
先ほどまで話をしていた男の遺体。
僕が殺した、男の遺体。
「僕……僕…………は……」
殺すつもりはなかった、とは言えなかった。
知られたくない事実を話す男の口をふさぎたいと僕は強く願ったのだ。躊躇するまもなく、僕は風を操り男の息の根を止めた。
「僕……僕、ここを、離れる……もう、二度と、来ない……」
この男を殺す未来を想像したことはあった。
だが、それはあくまでルージョンに害を成そうとした時の話。
こんな風に利己的な理由で殺す等、考えたことがなかった。
自分で自分が恐ろしかった。
自分勝手な理由であっさりと人が殺せるのだ、自分の欲望のままにルージョンを汚すのを避けられるはずがない。
あの夢のように、僕はいつか衝動を抑えきれなくなる日が来るだろう。
その前に、ここを離れなければ。
一刻も早く。ルージョンを傷つける前に。
「ごめん、今まで、ありがとう……。僕の荷物、は……好きにして、いいから……。じゃあ」
「待って、レハト」
去ろうとした僕の腕を、ルージョンが掴んだ。
久しぶりに触れた彼女の手に、僕の胸は高鳴り、更に己への嫌悪と恐怖が募った。
「レハト」
「……ごめん。ごめん、ルージョン」
「レハト」
「ごめん、ごめんね……。僕、駄目なんだ。汚いんだ。恐ろしいんだ。だから……」
ルージョンの腕の力が弱まった。
彼女も僕の本性に気が付いたのだろう。
その事実にちくりと胸を刺すものがあったが、当然だ。僕は彼女の信頼を裏切ったのだから。
「え……」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
ここから一目散に走り去ろうとした僕の体を、何か温かいものが包み込んでいる。
それがルージョンだと気付くまでに、数秒の時間を要した。
「これ、だったの?」
彼女の意図を問う前に、彼女から問われた。
「レハトが、ずっと悩んでいた事。このことだったの?」
素直に頷くことはできなかった。だが、彼女の問いに嘘をつくこともできない。
沈黙を肯定ととったのか、ルージョンはため息をついた。
「…………すぐに、出て行くよ。ごめん」
けれどルージョンは僕を離すまいとするように、腕の力を強めた。
「……謝るのは、僕の方だ」
その声が震えていたのは、僕の気のせいではないだろう。
「僕が、言わなかったから。だから、レハトは苦しんでた。ごめん。こんなことなら、素直に言っておけばよかった」
「……ルージョンは、僕が怖くないの? ドゥナットの言ってたことは本当のことだよ。それに、僕は彼を……」
ルージョンが僕から体を離し、頬に触れる。
「男を選んで嫌になるなら、最初から引き止めてない。どちらを選んでも、レハトなら……レハトが側にいてくれるなら、それでいいんだ。……いや、僕は男を選んでくれて、嬉しい」
目の前にあるルージョンの瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。そこに浮かぶ色は、おそらくは僕が今抱いているものと同じものだと思えた。
「……で、でも、僕はいつかルージョンを――」
紡ごうとした言葉は、彼女の唇に吸い込まれた。
鼻がふれそうなほど近い距離。
もう一度僕の唇に触れると、ルージョンは小さな声で囁いた。。
「――言ったでしょ? 僕は男を選んでくれて嬉しいって」
震える手でルージョンの頬に手を当てると、彼女は優しく微笑む。
逸る鼓動を抑えながら、僕は彼女に口づけた。
「ほら、何をさぼってるんだい!」
晴天の空の下に響くルージョンの叱責で、僕の意識は現実に戻された。
振り向くと、明らかに苛立っているルージョンの姿が見える。
老魔女とドゥナットの墓参りに行くのだろうか、その手には花が握られている。
慌てて僕は置きっぱなしにしていた籠を拾い上げ、彼女の元へ行く。
「まったく、何をぼーっとしてるんだ」
「ごめん。ちょっと考えごとしてて」
ルージョンの顔色が一瞬だけ曇ったが、すぐに彼女は鼻を鳴らして僕を睨み付けた。
「ふん。どうせ、ここから出て行くことを考えていたんだろう? お前はいつも外に行く事ばかりを考えて――」
「じゃなくて。この間のルージョンのことを考えていたんだよ。男になって初めて抱きしめたけど、やっぱり女の子って柔らかいんだね」
「なっ……!」
真っ赤になったルージョン。その姿もかわいいなと思ったけれど、それを言えば更に彼女をパニックにしてしまうだろうから、黙っていた。
「……っこの、助平! 変な事かんがえてないで、さっさと仕事に戻りな!!」
「はーい」
あの日自分の本心を晒しだしてから、僕の精神状態は落ち着いていた。
ルージョンに対して欲情してしまうのは変わらないけれど、彼女はそんな僕も受け入れてくれたから。
だから、もう大丈夫だ。
空を見上げて気合を入れると、僕は作業に取り掛かった。
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